第197話 停戦交渉の準備
戦争は終わらせることこそ難しい。
昔、そんな話を聞いたことがあるなっと思いながら、キリオンとジェシカの意見を聞く。
2人の主張は、このグリンダ平野と西のミルト台地の全てを奪って、そこに真竜直轄地を置いてほしいと言うもの。
俺としてはグリンダ平野の中間付近である現在の駐屯地までを取って、この辺りに城塞都市を置き、都市以北はゼイム。以東はニューゲートの管理で手を打ちたいのだが。
「帝国と接するリスクをご考慮いただきたい。
確かに今までよりは対応も楽になるでしょうが、正直な話で我がゼイム家の力で自由の道街道を守りきれるとは到底思えません!」
特に強い反発をしているのがキリオンであり、ジェシカは直轄地を挟んでもらえば楽になる程度の感覚ではある。
イグダード領は元々攻めにくい森林地帯だし、城塞都市が出来るだけでも、攻め込みづらくなるから当然かもしれない。
どちらかと言うとお隣さんのゼイムへ肩入れしているだけと言う雰囲気だ。
対して、キリオン達ゼイム家は平野の穀物増量とニューゲートからの海産物流入で潤うとは言え、旧ゼイム王都から距離のある城塞都市防衛の負担が大きい。
収益と防衛費用がそれぞれ増額されたとして、それだけでみれば赤字だろうし、特に平野の穀物生産が軌道に乗るまでの20年くらいはゼイム家の年間収支に影響するレベルの赤字の可能性もある。
…つまりは負動産と言うことだな。
とは言え、ここを守ることで買える領地の安全を考えれば安いものだと思うし、今も昔も防衛費ってのは国を維持する上でもっとも高い出費案件だと思う。
兵士と言うのはとにかく金が掛かる。
命懸けの仕事をしているのだから、それに見合う給金は必須として、訓練に武器や防具のメンテナンス料。
けれど安く外注して、外注先に亡ぼされたローマ帝国とかの事例にあるようにけちってはろくなことにならないし、相手と仲良くしてれば削って良いと言う物でもない。
キリオンだってゼイム家の次期当主であり、ゼイム王国の次期国王だった男だ。
その辺は理解しているし、それゆえに直轄地の設定を主張する。
直轄地と言う形で帝国との接点に蓋をすれば、防衛費の負担をするのは俺になる。
もちろん、直轄地及び各巫爵家の税収で賄うのだが、肝心の人材はどこから来るかと言えば、巫爵家の余剰兵を出向してもらうことになり、兵の派遣した数に応じて納税額を減免することになるだろう。
金食い虫の兵力が利益に変わると言うわけだな。
「ジェシカは分かっているのか?
ここに直轄地を置くと言うことは、ミルト台地と接する地点の兵を削減して直轄地防衛に異動させると言うことであり、更にそれぞれの家の税収と兵役負担に見合う分担金を支払うと言うことだぞ?」
切り崩すならジェシカだな。
ここに真竜直轄地を置いた場合に1番負担が大きいラヌアがいれば楽だったんだが。
……いや、ここに直轄地が置かれれば、ニューゲート領は多少攻められやすくなるが、援軍の到着時間も減るのか?
ダンベーイは南に半日の所に川があって、大軍の侵攻に向かん地形。
キリオン側に付く可能性が高いか。
「え? キリオンはそんなことは一言も…。
ただ、サザーラント帝国領と接しなくなる分だけ兵の負担は減るとだけ…」
「間違ったことは言ってないな。
内側のファーラシア南部域とゼイムの巫爵家がより負担が減ると言う事実が抜けているだけで」
「キリオン!」
「その辺の事情を話さなかったことは謝ります!
しかし、ミルト台地が直轄領となれば、イグダードとの交易も増して豊かになるんですよ?
十分相殺出来るはずです!」
激怒するジェシカを宥めながら、話すキリオンの言葉を吟味する。
地図では、ミルト台地の脇を通るように栄光の道街道が走る。
ミルト台地を横断するように道を敷き、台地の中央に都市を置くと…。
「…確かにそれはあるな」
「でしょう?」
「…良いだろう。
キリオンの案を採用する」
「? よろしいので?」
俺の決定に満面の笑みを浮かべるキリオンに対して、いぶかしむジェシカ。
「構わない。
ただし、ゼイム家の次期当主からキリオンを外し、キリオンは直轄地の内政長を命じるがな!」
「え?」
「当たり前だろうが!
ゼイム領のせいで苦労するなら、その対価を払うのが必定だ」
固まるキリオンにしっかりと言い聞かせる。
コイツを引っ張ってこれば、旧ゼイム王国の騎士をそのまま直轄軍として引き込めると言う計算もある。
「…たまわりました」
「さて、ひとまずこちらの方針は決まったな。
平野の南端まで軍を動かすとするか…」
「ええ」
「了解しました」
後は相手がどういう出方をするかだな。
精鋭である帝都駐留軍が崩壊し、ダンベーイとペルシャンが制圧された状況だ。
まともな統治者なら出来るだけ早く停戦調停を結びたいはずだが?
……どうなることやら。
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