第188話 兄妹

 レオンによる街門破壊から丸っと2日が過ぎて、荒々しく城内を駆け回っていた軍靴の音もなくなり、静寂を取り戻したギュリット城の迎賓室で、ギュリット王妃となってしまったミリア・ギュリットは、義兄であるコアン・シーウェイと向き合っていた。

 机を挟んで座る2人の位置は近いが、互いの居場所は途方もなく遠い。


「こんな形で会うことになるとはな…」


 しばらく続いていた沈黙を破ったのは義理の兄であるコアン。

 もとより捕虜であるミリアに話し掛ける権利はなく、返答を返すくらいしか出来ないのだ。


「義兄上も息災のようで…」

「…ああ。

 それでどこまで聞いた?」

「夫は戦死し、我がギュリット家は改易されると聞きました」

「そうか…。

 しかし幾つか訂正がある。

 まず、ギュリット6世はおらず影武者が囮となっていた。

 戦死したのはその者だから、お前の夫は何処かで生きているかもしれん。

 しかし、自称ギュリット6世が何人も出てきて、自分の正当性を主張しても迷惑なのでな。

 ギュリット6世は勇ましく戦い戦死したことにすると言うのが我々の決定だ」

「…そうですか。

 ギュリット家の名誉は守られるのですね?」

「少なくとも勝手に独立しておいて、すぐに降伏。

 挙げ句に逃亡と言う情けない事実はなくなる。

 公的には、『混乱に乗じて独立したが、善戦虚しく敗北。ギュリット6世以下主だった幹部は全員討ち死に』と言う発表になる。

 これまでの不名誉が消えるわけではないが、最後くらいは潔かったと思われるだろう」

「…感謝します」


 疲れた声で答えたコアンにミリアは王妃としての矜持を込めて深々と頭を下げる。


「よせ。

 上層部の決定に過ぎん。

 それでギュリット王国は改易ではない。

 既にファーラシア貴族ではなく、他国の王族である以上は、ギュリット家に改易を迫る権利はないのだ」

「……」


 険しい表情で顔を歪ませるミリアの内情は、独立宣言をすると言う夫を止められなかった悔しさか。

 或いは自分と子供達のこれからを思っての哀しみか。

 それはコアンを始めとするこの場の他の誰にもわからない。


「ギュリット王家は今日を持って滅亡する」

「滅亡…。

 …やはり」

「…取り乱さないのだな」

「降伏を受け入れてもらえなかったことでそんな気はしていました。

 しかし、どうか子供の命は助命いただけませんか?

 義兄上からも何卒お口添えを…」

「無理だ。

 しがない法衣伯爵の次男でしかない私にはどうすることも出来ない。

 王宮に置けるギュリットの扱いなどは分かっているだろう?」

「…そうですよね。

 私生児と言う名目の娘である私をわざわざ養女として受け入れて嫁がせるそんな程度に軽い扱いでした」


 中央の貴族にとって、いつ暴走するかも分からないギュリットに子供を嫁がせるのはどうにか避けたいことであったが、侯爵位のギュリットに縁談を申し込まれれば断るのは容易ではない。

 ギュリットも自分の寄子から嫁を取れば良いのだが、気位の高い彼らは中央との婚姻に拘ってきた。

 そのために白羽の矢がたった貴族は、関係ない平民を私生児として、仕立て上げ養女として送り出すと言う手で対応していった。

 もちろんリスクとリターンの説明は忘れずに行われているし、平民の子女が侯爵夫人へ登り詰めるシンデレラストーリーであった。

 ミリアは運悪く、いつか来るであろうババを引いたと言うわけだが、


「…それでな。

 主だった貴族の方々もお前のことには理解がある。

 独立に反対して、離縁されていたことにも出来るのだ」

「お断りいたします」


 貴族としての振る舞いを教え込むための数年とは言え、一緒に暮らした義妹である。

 コアンはその情から血の繋がらない義妹に保護を受ける提案したが、ミリアはすげなく断った。


「…本来なら縁もないこの家に殉ぜずとも良いのだぞ?」

「そうなのです。

 縁もないしがない平民の娘を10年以上も養ってくれたギュリット侯爵家を見殺しにして、のうのうと生きていけるはずがありません」

「それはギュリットの者達がお前の素性を知らずに、『ミリア・シーウェイ』として扱っただけで…」

「分かっていますよ。

 それでもこれまで平民には一生縁がない贅沢をさせて貰いました。

 だからせめて最後まで寄り添いたいと思うのです。

 ましてや、まだ小さな息子や娘を犠牲にして生きていく母親が何処にいるんです?」

「……」


 ミリアの言葉を俯いて聞いていたコアンは静かに涙を流す。

 義理とは言え小さな甥や姪を自ら殺さなくてはならないことが堪らなく悔しかった。

 しかし彼は騎士である。

 不義の輩を討ち、秩序を守るのも騎士の務めだと自身に言い聞かせる。


「…例のものを」


 コアンの指示を聞いた兵士が動き、瓶と数個の蒸しパンがテーブルに用意される。


「これは?」

「王都で最近売り出されて人気の蒸しパンと言う食べ物だ。

 瓶にはリンゴ酒にアケシラズから取れた毒が混ぜてある」

「アケシラズ…。

 貴族が自害に使う薬ですね…」

「部屋を用意する。

 家族で最後の晩餐を楽しむようにと言うのが、我らが守護竜様の慈悲だ」


 毒の種類を問う質問に答えず、自死を通告する義兄。


「…ご慈悲に深く感謝いたします」


 それに深々と礼をする義妹。

 敵味方に別れた義理の兄妹は呆気ない最後の挨拶を交わすのだった。

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