第187話 ギュリット6世

 ズガンっと腹に響くような大音をたてて、数百年以上に渡って、古都ギュリットを守ってきた街門は倒れ果て、それを成した1人のエルフが剣を高々と掲げる。

 遥か昔に巨人王の拳でさえ砕けなかったと伝えられる門の破壊は、ファーラシア王家と言う巨人にも倒せなかったギュリット家の未来を暗示しているようだと、ギュリット6世は不意に思い我に帰って、自分のマントや宝冠を脱ぎ捨て始める。

 これまでは自分の身分を証明するのに必要であったが、これから乱戦が始まれば逃げる時の足枷になってしまうのだ。

 そうこうしている間にも兵士が、1人、2人と街へ入ってくる。

 彼らは周囲の瓦礫を片付けて他の兵士が入りやすいように整える者と周辺を警戒する者に別れて、陣地を構築していく。

 街門が破られた以上は、籠城してサザーラント帝国軍を待つ計画は破綻している。

 籠城戦以外の戦法で精兵4500に対して負傷兵含めても2000の軍が勝てるはずもないと、副案としていた市民に紛れて逃走を企てることにしたのだ。

 影武者と共に残してきたため護衛もいない逃亡だが、自身を優れた人間であると考えるギュリット6世は、特に不安を覚えることもなく、こっそりと城壁を降りる。


「止まれ!」

「はいぃぃ! 何でしょうか?」

「それはこっちの台詞だ。貴様こんなところで何をしている!」


 すぐに近くの兵士に呼び止められる。

 上質な装備から相手は敵の兵士だと即座に判断したギュリット6世は、


「私はしがない行商の者です。

 近くの村から荷物を運んできたんですが戦時下になって荷は没収され、路銀も尽きて宿を追い出され…。

 外には兵隊さんがいますし、門も開かなくて…」


 心底困った顔で告げるのだった。


「そうか。…行って良いぞ」


 その様に兵士は追求するでもなく解放する。

 破って縫い合わせた服を用意しておくなどの手の込んだ格好が功を奏したらしいが、最も高貴な生まれである自分があっさりと解放されたことに違和感を感じる。


「…待て」


 先程の兵士が再び呼び止めてきた。

 やはり、このような格好でも滲み出る品の良さは隠せぬかっと胸元の短剣を握るが、


「これ。

 少ないけど、路銀の足しにしてくれ。

 …頑張れよ」


 と言って兵士は1枚の銀貨をくれるのだった。

 受け取ったギュリット6世が自分の内から沸き上がる複雑な感情を抑えるのに必死になっている傍で、


「良いのか?」

「今回の作戦が成功すれば金貨5枚の報酬が出るらしいし。

 …可哀想な話だよな。

 ギュリットなんかさっさと潰しておけば、こんなことにならなかったのに…」

「全くだよ。

 いつまで過去にしがみついているんだってな!

 ハハハ」


 と、銀貨をくれた兵士が同僚と話す言葉が聞こえる。

 それはギュリット6世の最後の矜持を破壊するだけの攻撃力があった。


「ヌウゥワァァ!」

「危ないぞ!」

「……ガッ」


 泣きながらに短剣を振り回し始めた彼は、相対した兵士の言葉を最後に気絶させられ……。







 ある日。

 南部の端にあるとある村の片隅で、家族に見届けられながら1人の老人が息を引き取った。

 ギュリット解放戦に巻き込まれて記憶を無くしたらしい男で、40過ぎくらいの容貌ながら畑の耕し方も知らない奴ではあったが、読み書きが出来たこともあって、領主への陳情も良くやってくれた。

 余所者ではあったが、素直な奴だったこともあり村に受け入れられ、同じギュリット解放戦で未亡人なった娘とその縁から共に暮らし、2人の子宝にも恵まれた男。

 彼がギュリット6世だったことは誰も知らないし、公式記録ではギュリット6世が解放戦時に戦死したことになっている。

 仮に彼が記憶を取り戻していたとしても誰もギュリット6世とは認めないだろう。

 精々が金目当ての偽物で終わってしまう。

 だから、今亡くなったのは"リット"と言うただの老人だった……。

 ただそれだけの話。

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