第182話 前哨戦

 俺達を出迎えてくれたヨクヴォ侯爵は好好爺とした爺さんで、王宮から既に伝令が来ていることもあり、すんなりと話が通った。

 一家も皆好意的で、罠を疑いたくなった俺達だったが、彼らが自分達はこれからニューゲート巫爵を名乗り、ニューゲート地方を統治するとまで言っているのを聞いて納得した。

 誰だって幾つかある交易路の1つがあるだけの小領から港町を持つ大領への格上げが嫌なはずはない。

 義勇軍に巫爵本人が率いるニューゲート領軍600人が加わることになったことからも彼らの期待が分かる。


 それから2日後。

 歩兵主体のニューゲート領軍を後詰めとして行軍を再開した俺達はゼイム王都へ辿り着いたわけだが、この地はすぐに戦地となる。

 対するは満面の笑みで握手を交わすゼイム巫爵家次期当主キリオン・ゼイムとニューゲート巫爵ラヌア・ニューゲート。


「それで、ヨクヴォ侯爵閣下の望まれる港使用費用はいかほどで?

 こちらは関税を掛けるような真似はしたくないのですが?」


 キリオンの先制攻撃。

 

「はて?

 ヨクヴォ侯爵とは誰のことかのう?

 我が家はゼファート様よりニューゲート地方を任されたニューゲート巫爵家ですぞ?」


 ラヌアの惚ける。

 キリオンの攻撃は空振った。


「それに海産物はともかく、塩が内陸に運ばれなくては他家から嫌われますぞ?」

「知りませんか?

 ビジームの南部に岩塩の坑窟があるんですよ?」


 ラヌアの攻撃にキリオンがカウンターを仕掛ける。


「岩塩は採掘コストが高いですし、ビジームからならマーマ湖経由で送れますな?」


 効果は今一つ。


「それで、ゼファート様は何を遊んでいるので?」

「うむ。儂らが真剣に話し合っている横で『先制攻撃』だの『カウンター』だのと拳闘の観戦気分ですかな?」


 茶化していたら、双方から苦情を受けた。


「すまんすまん。

 ……だがな?

 現状では、まずペルシャン奪取が出来るかも分からんのだぞ?

 その状況で港の使用に関わる皮算用をしているお前達に呆れたのも事実だ」

「ペルシャン?

 そちらはダンベーイ地方の南東部にある軍港ですぞ?

 我らが取るのは北のノーべでは?」

「遠浅のノーべなどは取ってもすぐに奪い返されるのがオチだ。

 軍港を奪い、海軍を用意しなくては話にならん」


 ノーべは漁業の盛んな良港ではあるが、海からの攻撃に弱い。

 軍艦と陸路での挟撃なんてされたら一発だ。

 対して軍港を奪い、海路を封鎖出来ればノーべを始めとする漁港はすぐにでも降ってくる。


「それはそうかもしれませんが、海洋国家であるサザーラント相手に海戦は…」

「いや、ペルシャンを抑えればこっちには航空戦力となる俺がいるんだ。

 おいそれとは攻めてこんよ。

 しかしな。今回の戦争はうまくことが運ぶのはダンベーイ制圧までだ」

「…ペルシャン方面からの部隊と帝都からの援軍ですな?」


 少し考え込んだラヌアが正解を口にする。


「そうだ。

 こちらはダンベーイで籠城戦を展開しながら、ペルシャンを攻略する必要がある。

 …しかも向こう側が停戦交渉をしてくる前にな」

「籠城戦…」

「…難しいですね。

 補給路が確保出来ません」

「うむ。

 しかも勝ち過ぎて向こうに厭戦感を植え付けてもダメだな」


 つまり補給線が万全でダンベーイがなかなか落とせないと思われてもダメだと言うことだ。

 相手に頑張れば勝てると思わせつつ、防衛を続けなくてはならない。


「無茶ですよ!

 現地調達何てしたら住民が敵に回ります」

「だろうな。

 そっちは考えがあるので問題ないと思っている。

 問題はペルシャン攻略だ。

 ここで竜になって強襲は出来ん。

 敵が海洋ゲリラになったら意味がないからな」

「他の街から海軍が出てくるのも一緒では?」

「海軍はあくまで軍だからな。

 休戦調停が結ばれたら攻めて来ないだろうが、ゲリラの目的は故郷の奪還だ…。

 交渉が通じない可能性が高い」

「サザーラントは裏からゲリラを支援するのですな?」

「ああ。

 ゲリラとサザーラント帝国はペルシャンの統治コストが割に合わないと思わせることで一致する」

「…ゼファート様。

 本当に竜による攻撃はダメなのでしょうか?」


 俺とラヌアの会話をじっと聞いていたキリオンが、疑問を口にする。


「どういうことだ?」

「ゼファート様やラヌア卿の言う統治コストと言うのは休戦調停が終わった後の話ですよね?」

「そうだな」


 軍事行動中であればそこまで行軍費用はかさ張らないし、どちらにしろ休戦が成立するまで、俺はダンベーイ地方に常駐することになる。


「ゲリラはどの船で攻めてくるんでしょうか?」

「うん?」

「ですから、ペルシャンにサザーラントの軍艦で攻めてくると言うことは、その船はサザーラント海軍から奪われた船では?」

「…なるほど」


 ラヌアが頷いているがいまいちピンと来ない。

 ゲリラがサザーラント海軍の船を使うのは当たり前だろう?

 鹵獲された武器を利用するゲリラなんて珍しくない。


「休戦時にサザーラント側の如何なる攻撃も宣戦布告とみなすとすれば良いのです。

 そうなれば奪われた船であっても、サザーラント国民が乗るサザーラント帝国の軍艦による攻撃なので…」

「!

 ゲリラとサザーラント海軍に潰し合わせればいいんだな?」

「はい。

 いかがでしょう」

「面白い。

 それにペルシャン攻略の可能性がぐんと上がる。

 ……採用しよう」


 竜化なしで海からの援護があるペルシャン攻略が難しいと言うのが今回の難点だったのだ。

 戦争に絶対はないが、勝利の可能性は大幅に上昇することだろう。


「それで港の使用料ですけど…」

「それはラヌアと交渉しろ」

「ですよね」


 新領地開発のニューゲート家に対して、加増もあるが旧領をそのまま引き継ぐゼイム巫爵家に口添えする気はないときっぱり否定することを忘れない。

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