第183話 ミルガーナの誤算
「失礼します」
そう言って去っていった使者を見送った後、サザーラント皇帝ミルガーナは持っていた錫杖を近くの男に投げ付ける。
男は不意に飛んできたそれに頭を打たれて倒れ込むが誰も助けようとはしない。
自分達がその者のせいで、窮地にたたされたので当然と言えば当然だが。
コツコツと踵の高い靴で近付くミルガーナに恐る恐る顔を向ける男は血を拭うことも忘れ、必死の言い訳を考えていた。
「さて、ヴァイス・ミッドナーよ。
お前とその主達の主張を聞いてやろう」
優しささえ感じる声でありながら、それを聞いたミッドナーを震え上がらせるには十分だった。
「畏れながら、新参のマウントホークとレンター・ファーラシアの間にあったのは、利害の一致と言う要素のみでした。
故に我ら南部閥貴族に貴国も加えれば、まずマウントホークを切り捨て我らの主張を受け入れるだろうと言うのが南部の結論でした!」
儀典長として身近でレンターを見ていたからこそ、マウントホークとのやり取りが打算的だと思えたのだが、
「だが、実際は違う状況だな?」
必死の言い訳は、しかし間髪入れずに否定された。
「マ、マウントホークと言う者が竜種と契約を結んでいるなどとは…」
「普通は思わない。……か?」
「はい。イブッ!」
澄まし顔になったミルガーナ女帝にいけると考えて、愛想笑いで対応しようとしたミッドナーは顔を蹴飛ばされて転がる。
「普通は思わない!
それはそうだな!
だがな! 相手はダンジョン攻略者だ!
そこに何らかの秘密があるのは当然だろうが!
お前達のせいで我らは真竜相手に喧嘩を売った愚か者だと生涯の笑い草だ!
この責任、貴様の首だけで済むと思うな!」
一通りミッドナーを詰った後に、玉座へ戻る女皇帝。
「……」
沈黙したままのミッドナーを一瞥して、そのまま思考の片隅の追いやったミルガーナは、諸侯の顔を一通り見回す。
既に向こうからの宣戦布告が届いている状況であの程度の小物に構っている時間が惜しかった。
「アガーラ!
帝都に駐留する国軍8000を率いて、侵略してこようとする敵軍を迎え撃て!」
自らが最も頼りにしている妹であり、将軍でもある女性に命じる。
「はっ!
しかし、ライオル村はいかがいたしましょう?」
嘲るような声音で問うアガーラ。
念のために訊いたとしか思えない。
「ライオル?
侵攻の名目にした村か?
捨て置け。
それよりも国境の砦にて防衛網を敷く方が重要だ」
戦況を読むのに長け、忌憚なく意見を述べてくれる妹だが、今回は的外れだと言う。
…ライオルを奪還された責任を取りたくない妹が言質を取るために過ぎなかったのだが。
「しかし、ライオル村の駐留隊に撤退か交戦かの指示を送るべきでは?」
「……そうだな。
生きて戻るな! と伝えよ」
死ぬまで徹底交戦せよと言う命令を出す苛烈な女帝に周囲の高官達が息を飲む中、その女帝と血を分けた女はニヤリと笑う。
ライオル村で損害が出れば、自分達が楽になるのだと。
「後方支援として、各貴族にも兵を出させるように命じろ!
あの真竜ゼファートとやらが討ち取れれば、その余勢を駆ってゼイム王国に攻め込む!」
ミルガーナの脳裏に浮かぶは、自分を虚仮にした使者。
「お待ちください!
ゼイムは先ほどの使者が言うに既にファーラシアの一部でございます!
疲弊した軍で攻め込める相手ではありませんぞ!」
さすがにそれは不味いと年配の男が、止めに入る。
教育係を務めた自分しか止められないと言う義務感だが、
「爺やか。
真竜を伐った我らに挑むバカはいないわ!
その程度の判断もつかんなら、しばらく宮中に出仕するな!」
「……御意」
耄碌したと公言されて、謹慎処分を受けるのに終わる。
その様を見て誰もが恐れ、口を閉ざしたがミルガーナとアガーラの姉妹は自分達が正しいと思い込むのだった…。
彼女の頭の中には公女の婚姻と同時期に相手の同盟国へ攻め込んだ事実は既にないのだ。
世界で1番偉い自分を虚仮にした連中への意趣返しこそ重要だった。
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