第153話 使者
夜会まではひたすら書類にサインをして過ごし、その苦行を終えたと思えば、ドロドロの内面を笑顔で隠して近付いてくる貴族達をいなし続ける夜会。
それらを終えて数日後、やっと貴族達が王都へ戻って行ったかと思えば、入れ替わるように変なのがやって来た。
執務室に通したソレは開口一番に、
「我らは偉大なる皇帝陛下の名代である平伏せよ!」
と宣ったので、目を覚まさせる目的で顔面に一撃をプレゼントした。
「貴ばま!
ばればに手を挙げぶば!
皇帝べいかに手を挙げぶにひぼしき蛮ぼうなるぞ!」
歯の抜けた間抜け面で更に宣うのでもう一撃をプレゼントする。
「だばら! 皇帝べいかに!」
「他国の貴族に平伏を求めるアホな使者を出す奴に要はない。
次態度を改めないなら首だけにして送り返すぞ?」
「何ぼ!
こんなことば、ゆるざべるぼおぼって…」
有言実行である。
ラロルの使者は赤い絵の具を垂れ流す不細工なチューブと化す。
「シュール!
これを送り主に叩き返せ!
コイツの送り主とは断交すると知り合いに手紙を出すのも忘れるな」
「閣下、こういうことは外でやってください。
ああ! 絨毯の下にまで血が染みてる!」
「……ああ~。
残りの連中への脅しのためだ。
このままにして、副使を呼び出せ」
このアホにこれ以上時間を割くのが勿体無かったと言う本音を誤魔化す。
「……はあ。
控えの間に待機させた副使を招き入れますので、そっちは殺さないでくださいよ?
この首を持って帰らせる奴が必要ですからね?
やったら、閣下が責任持ってラロル帝国まで行って貰いますよ?」
「……分かった」
一瞬、頭に血が上った振りをして、副使も始末すれば遠くまで遊びに行けるかも?
と考えたが、こんなアホを送り付けてくる奴にわざわざ会いに行くのもタルいと思い直す。
「頼みますよ?
…使者をここに!」
こちらに念を押した後、近くの兵に命じる。
出ていく兵士を確認してから、
「どう思う?」
「順当で言えば、捨て駒ではないかと思います。
初めて交渉に望む相手にあんな高圧的な態度はないでしょう」
「斬ったのは不味かったか?」
「いえ、あれで使者をのさばらせれば、相手はこっちに何をしても良いと勘違いしますので、行動としては正解です。
ましてやラロル帝国からここまでは小国群がありますので出兵は出来ないでしょう。
しかし、彼らはそれを口にしてプレッシャーを掛けてくるかもしれません」
「悪手そのものだと思うが?
こっちはこっちで向こうに圧力を掛けることになる」
こっちはフォックレストにいるベガ達をラロルの街道で暴れさせればそれですむのだ。
「むしろ、こちらからあちらへの圧力の方が強烈でしょうね…。
本当に彼らは何がしたいのでしょうか?」
「お前ならどうする?」
「私ですか?
…まず名乗って、親書を渡してご検討くださいとひたすら頭を下げますかね?」
「それが普通だよな?」
「はい。
例え相手が下級貴族でも他国に来ている以上は国の代表と言う扱いで敬うべきです。
ましてやこちらが頼む立場ですし…」
「だよな。
これが物語なら高位貴族のドラ息子が手柄ほしさに暴走とかになるけど…」
「あり得ません。
高位になればなるほど国同士のやり取りに気を尖らせますよ?
あんな奴を送ろうとは思いません。
ドラ息子と言うのがどう言うものかはお訊ねしませんが、大事な子供ほど箱庭で飼い殺しでは?」
「…そうだな。
ウチでもマナが甘ったれたクソガキとくっついたら、小さな屋敷を与えてそこから外には出さないかな…」
「お孫様を次期当主に据えられるのですね?」
「それしかないだろ?
マナ達は表向きは病気療養扱いかな。
弟とかが生まれてその子を利用とか困るから長男が生まれた時点で旦那には不妊用の薬を盛るけど…」
「それは……」
「最悪の場合だ。
そうならないようにマナの周囲は優秀な人材で固める。
最有力は『マサキ』だな」
「豊姫様のお子さまですね?」
「ああ、豊姫が教育を失敗するとも思えんし、最悪脳筋でも良いんだ。
周囲を牽制出来るだけの実力は絶対あるはずだからな」
勇者より上にはなるはずなので、娘婿として十分やっていけるだろうし、マナの方が8つも歳上なので任せられそうだと思っている。
暴れようものなら俺やレナの制裁待ったなしだし。
「なるほど…。
来ましたか?」
「…だろうな」
話題が逸れた所でノックと共に神経質そうな男が兵士によって招き入れられる。
…半分罪人扱いだな。
目端が利く兵士だし、後で取り立てよう。
「これは!
辺境伯殿! これはどういうことか!
仮にも我が国の正使に対してこのような!」
「いきなり他国の貴族に跪けなどと言う男を正使としたのか?」
「え?」
一瞬で赤から青へと顔色を変える副使に更に畳み掛けを行う。
「仮にコレが正使であると言うなら、国辱ものであるし、我が家への宣戦布告と受け取るが?」
「何を…」
それを聞いて鼻で笑おうとするので、具体的な戦時行動を示すとする。
「そうだな。我が家にはグリフォンが数体飼われているし、それを含む部隊での懲罰戦を命じるもやぶさかではない」
「え…」
「それで?
副使殿のご意見は?」
「……」
「閣下、帝国は外洋との交易で財を成す国です。
交易船を沈めるようにアクアディネ達へ依頼する方が効果的かと」
「……申し訳ございませんでした!
何卒、お許しいただきたい!
この通りでございます!」
シュールの具申が止めになった。
土下座を始めた副使に、
「…まあ、良いだろう。
この件は不問にしてやる。
それでお前らは何しに来た?」
「ハハッ!
皇帝陛下よりの親書を預かっておりますれば、ご確認くださいませ!」
「親書?」
「……手紙は預かっておりますね」
「内容は?」
「後程、閣下に渡す予定でしたので…」
シュールの様子が全てを物語っているので、受け取らないことにした。
「そうか。
お前も内容は知ってるだろう?
話せ」
「それは……」
「交易船」
口ごもる副使に脅しを掛けて話させる。
インターネットもない時代なので、親書をただ受け取っただけでも、それを吹聴して自分達に優位な喧伝を始める可能性がある。
向こうもそれを理解しているのだろうが、交易船を失うのには代えれなかった。
内容は2つ。
1つは自分達は優れた造船技術があるのでラロル帝国から船を買え。
もう1つは辺境伯がグリフォンを取り逃がしたせいで、フォロンズへの交易路が塞がったので対処しろ。
…だった。
「どちらも受ける必要のない内容だな。
そう伝えろ。
やってほしければ、皇帝自ら頼みに来いとな!」
「……後悔しますぞ!」
「やってみろ!」
睨み付けてくる使者に買言葉を返してふんぞり返る。こうして物別れに終わる会談となった。
使者達が、正使の遺体と共に城を出たのを確認した俺は、
「シュール、ラロル帝国の商人とは『直接』取引しないと伝えろ」
「宜しいので?
そのように強調した通達では抜け道がありますよ?」
「第三国の商人を介した取引とかな?
しかし大々的に宣言されていると第三国の商人はどうすると思う?」
「……悪どいですよ?」
笑いながら直言を避けるシュールに俺もニヤリと笑う。
俺にラロルが交易国家であると漏らしたのはどいつだか。
「こっちまで被害を被る必要もないだろう?」
そう言って、ラロル帝国の権威を落とす謀略を仕掛けるのだった。
我らがラロルから買うのはただの資材であり、何処の国からでも代替品が手に入る。
その時点で我らが優位なのだ。
逆に核心的な技術を向こうが握っているとこっちが不利になるがな。
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