第154話 四方の状況

 国王と宰相を前にして、各方面に遣わされている密偵の報告会が開かれる。

 毎回あまり変わらない報告会であったが、今回は珍しいことに報告順の変動があった。

 万年2位に甘んじている北部で、外国貴族との連携が好循環をもたらし、首位へと躍り出たのだった。

 そこには東部の水運に関する停滞も作用しているのだが、それでも北部の発展を貶める理由にはならない。


「それでは北部よりご報告致します」

「北部?

 珍しいな?

 いつもは東部からだろう?」

「陛下。

 それだけ北部が王国に貢献したと言うことでございます」

「そうか!

 すまんな。話を遮って」


 宰相によって疑問が解消すると速やかに謝罪をする国王。

 密偵相手でも人を尊重する賢王に、誇らしい気分になりながらも報告のために気を引き締める密偵達だった。


「北部ですが、オドース侯爵家とファーラシアのマウントホーク辺境伯家の間で活発な交易が行われています。

 元々、オドース侯爵家は林業と石材業の盛んな土地柄でしたが、ここ数十年はそれらの消費が振るわず、困窮と言ってもいいような状況でした」

「うむ。そのせいでケランドの独立を許したのだったな」

「ええ、帝国の介入もあり未だにケランド王国の再併合は出来ておりません」

「東部でも怪しい動きがあったと思うが?」

「はい。

 ケロック派閥の資金援助が疑われます」

「侯爵も災難だな…」


 気の毒そうに肩を竦めるアガーム8世。


「しかし、現状のマウントホーク家との交易でかなりの権勢を取り戻しましょうぞ!」

「うむ。

 それが早まれば早まるほどありがたいが…」

「ガーター辺境伯家でございますな?」

「そうだ。

 オドース侯爵からも話を受けたが、現状ではガーター辺境伯家があるので、北の小国群を介した交易路だとか」

「その通りです。

 マウントホーク辺境伯が街道に通じる土地を解放してくれれば、ガーター辺境伯領から北西部の街道が交易路となり、近隣貴族も豊かになるのですが…」

「ガーターは認めないか?」

「意地になっているようですな。

 後程、西部の報告で詳しく説明致します」


 そう言って宰相が北部の話を止める。

 続くのは、


「東部ですが、海産品の取引で利益を挙げています」

「それは聞き飽きた。

 目ぼしい報告は?」

「……ござません。

 東部閥は貴重な海産物の提供で十分と思っている節が…」

「全く!

 その金でケランドを支援か!

 奸臣の輩め!」

「……ご苦労。

 次は?」


 怒る王に代わって宰相が促せば、南部へ派遣されている男が口を開く。


「南部ではロランド王子を擁立して、ファーラシア解放を目指すパンプル侯爵派閥とそれよりもマウントホーク辺境伯家との木材交易を重視したいベンメル伯爵派閥が舌戦を繰り返しています。

 最近はマーマ湖解放の噂を聞いたライオー伯爵達南方諸侯がパンプル侯爵に肩入れを行い、ベンメル伯爵家が劣勢かと…」

「そうか。

 どう思う?」

「静観すべきかと思います。

 現状は舌戦の段階であり、ファーラシアのような紛争までは至っておりません。

 何より愚王子にはパンプル侯爵やガーター辺境伯と一緒に暴走してもらいたいと言うのが本音です」


 下手に萎縮してロランドの暴走がなければ、彼らを抱えるアガーム王国とマウントホーク辺境伯家との間ではいつ迄経っても、猜疑心がつき纏ってしまう。


「うむ。

 ファーラシア東部はマウントホーク辺境伯の力で広大且つ裕福な土地になるだろうからな。

 それにかの御仁は目端が利く。

 我が国全てを敵とみなさないだけの政治観もあるのだから…」

「ロランド王子の配下には期待できません。

 彼らはファーラシアの解放後は敵対する公算が高いです。

 世代が代わればとも考えましたが、その頃にはマウントホーク家は単体で一国並みの勢力になっているでしょうし、…敵対は愚策です」

「そうだな。

 我らは協調路線でいく」

「はい」


 宰相との意見共有を確認したアガーム8世に対して、暗い顔の西部担当が報告を始める。


「西部の状況ですが、最悪と言ってよいかと思われます。

 ガーター辺境伯はマウントホーク辺境伯領がマーマ湖からラーセンまでの整備で手の放せない状況を利用して、『小鬼森林』解放を狙っておりますが上手くいっておりません」

「……うむ。

 政略としては間違いではないな。

 『小鬼森林』に街道を通せば、交易。

 逆に砦を築けば、ドラグネアへの牽制か」

「そうですね。

 マウントホーク家に圧力を掛けて優位な交易を結べるかもしれません」

「上手くいけばな。

 現状は?」

「既に3度に渡る出兵をしていますが、多数の死傷者を出す結果に終わっております」

「うむ」

「順当でしょうな」


 驚くこともなく頷く王と宰相。

 かなり昔の話にはなるが、アガーム王国が西進するには『小鬼森林』を攻略して、『狼王の平原』への橋頭堡を築く必要があったのでアガーム王家も挑戦している。

 しかし、『小鬼森林』攻略で予想されるコストが割に合わないと言う判断から中断された経緯があるのだ。


「それによって兵力の低下したガーター辺境伯領をマウントホーク辺境伯領から逃げてきた魔狼達が我が物顔で…」

「それは!」

「すぐに対処するように命じろ!」


 血相を変える指導者達に密偵は暗い顔のままで俯く。


「残念ながらガーター卿に魔狼に対処する意向は見受けられません。

 『小鬼森林』攻略を優先しているご様子です」

「…」

「何をバカな!」

「…いや、やり方は間違っていない。

 平原では防衛戦だった狼達も今は自分達の命を優先する遊撃戦の状態のはずだ」

「陛下?」

「動きの遅い騎士団では逃げられるのがオチ。

 それよりも『小鬼森林』を攻略して、マウントホーク辺境伯にやらせる方が効率が良い」

「しかし!」

「ああ! 間違っている!

 それなら兵士を領内の警戒に回して、魔狼を牽制するべきだし、何よりマウントホーク卿に依頼して魔狼掃討を行ってもらうべきだ!」

「恐れながら、ガーター辺境伯様には…」

「分かっている。

 アレはプライドの高い男だ。

 …宰相、王宮から騎士団を回せ」

「よろしいので?」

「民の安寧が第一だ。

 辺境伯の嫌味ならば私が聞いてやる。

 それと……」


 アガーム8世が追加で幾つもの指示を出して、報告会は幕を閉じる。

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