第137話 マーマ湖

 領都ドラグネアから南西の方角に位置するのが巨大な淡水湖であるマーマ湖だった。

 軍務卿が訪ねてきた翌日にやって来たレンターとシンバルに催促されて、マーマ湖湖畔で港を築くことの出来る場所の下見に派遣された。

 途中、豊姫の管理するフォックレストやドラグネア城を視察したかったが、同行者達に押し切られた。

 同行してきたのは内政部のレギン伯爵と外交部のミエール子爵に職人ギルドのギルド長補佐と建築関連の職人数十人と言う大所帯で、全員から拒否られては反発も出来ない。

 そんなことを嘆きながらも辿り着いたマーマ湖は遠くに水平線が見えるだけの巨大湖であり、見える範囲は絶壁の崖に覆われている。


「……港を造る位置を決めろって。

 ここしかないじゃないか」

「…確かに」

「…全くですな」


 2週間の旅路ですっかり親しくなった両貴族が同意する。

 狼王の平原から接続している箇所はややなだらかな勾配だが、他は崖、崖、崖である。


「おそらく、平原地帯は他に比べて地盤が柔らかかったんでしょうな。

 ここの勾配は湖に向かってまっすぐに下っています」

「これは港と街を少し離さんと危ないな」

「湖の底に向かってずっと坂だろ?

 少し掘らんと船が着けんぞ?」


 ギルド長補佐の話に多くの職人が見識を述べる。

 港を造るのには湖を掘って、土留めをして、舗装する。

 街は別に造って港から運搬路を敷く。

 そこまで終わったら、いよいよ交易交渉を始めると…


「5年がかりくらいですかね?」

「10年は固いだろう。

 そもそも湖は安全か?」


 ざっと概算したミエール子爵にレギン伯爵が反論する。

 …そうか。

 湖に魔物がいたら航路を拓いても意味がないな。


「その辺は俺が調査するしかないだろうな。

 小舟で良いから1つ用意してくれ」

「馬車に積んであります。

 ついでに撒き餌もここに…」

「……誰の指示だ?」

「宰相閣下ですが?」


 明らかに俺が囮になるのを前提とした準備がなされていた。

 ジンバルの奴最初からこうする予定だったな?

 …湖に危険性があれば交易を断念して、水資源として利用する腹積もりか?


「最近、俺の扱いが雑な気がする…」

「さすがにそれは…」

「うむ。卿への信頼の裏返しですぞ?」


 職人達が船を用意する様を眺めながら呟くと2人から励まされる。

 しかし、未知の巨大湖に撒き餌と一緒に小舟で乗り出すのは下っ端の仕事だろうと思う今日この頃。


「準備終わりました!」

「手際が良いな。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「水上ですから鬼は出ませんね」

「どっちかと言うと閣下が蛇では?」


 2人とも知らないだろうししょうがないのだが、慣用句にマジレスされた気がして少し落ち込む。


「…行ってくる」

「「お願いします」」


 お気を付けての一言もない。

 マジで法衣貴族の俺の扱いが酷すぎると落ち込みながらも、高いステータスに物を言わせてガンガン進む。

 ほどなく湖の中程だろうと思われる位置まで来たが、洒落にならない深さで底が見えん。

 何で遭難したみたいな絵面になってんだろ。


「愚痴ってもしょうがないか…」


 ドボドボっと壺の中身をぶちまけると、悪臭が鼻を突く。


「オエッ! オエッ!

 って腐ってるやん!」


 当たり前だった。

 撒き餌の中身は平原で狩った小動物の内臓を無造作に積めたものだ。

 暖かい気候の中を数日運べばこうなるのも当然だ。


「……シチュエーションがジョーズじゃね?

 下からバクッと来ないだろうな?」


 小魚が寄ってきて撒き餌を漁っているが、危惧するような事態は起きない。

 その小魚に引き寄せられて大型の魚に魚層が替わっていく様は面白いけど…。


「数メートル級の奴がいるじゃないか。

 …交易は無理かな?」


 小舟と同格の魚影が見えるので3メートル級はありそうである。

 これが生態系のトップなら良いけど、これ以上の魚がいれば、船が転覆するかもしれない。

 …ん?


「ラ~ラ~ラララ~♪」


 …歌声が聞こえてくるし魔物がいるようだな。

 友好的な魔物。

 例えば人魚か、セイレーンだと交渉が出来るかもしれないので竜気を高める。

 向こうはプレッシャーを感じるかもしれないが、スムーズな交渉になれば話が早い。

 向こうが脅迫と受け取ったとしてもそれは俺のせいではないしな!

 後に俺はこの安易な選択を後悔することになるのだった。

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