第127話 異様な光景を眺めつつ

 主の依頼に従い森の東側にて待機した豊姫達は、己の盾に剣を打ち据える集団を眺めていた。

 1人がやってもガン! ガン! とうるさく響く音。

 それを総勢数万人が集団ごとにやっているのでさながら、邪教の儀式染みている。


「うるさいわね…」

「しょうがありません。あれも主様の発案でございます」

「どういう意図?」

「こっちに集団がいるぞ! と言う喧伝でございます。

 普段ならそんな挑発をされれば怒り狂って襲ってくる狼も…」

「主様から逃げるのに必死で逆方向を目指すでしょうね」


 あの平原は現在強力な竜の狩り場であり、本来の主達は今や獲物と化している。

 霊狐達の気配察知能力では逃げ惑う狼は東へ向かっているのが分かるのだが、


「まだあの狼王は死んでないわね!

 狼達の行動が理性的だもの」

「もうすぐでございますよ。

 …お嬢様の仇は絶対に討たれるでしょう。

 相手は世界最強の一角でございます」

「今の狼王もアイツなの?

 …寿命でとっくに死んでると思ったわ」

「奴は多くの霊狐を取り込み、寿命を延ばしていることでしょう。

 まだ生きていると思われますな」

「そう…」


 長年共に森を守ってきた眷属狐の推測は豊姫の胸に使えたトゲを取り除く。

 己の娘を食い殺した輩が悠々と天寿を全うしたのではなく、今頃恐怖の化身と相対しているのだと知って…。


「世界の与える偶然に感謝申し上げたい。

 何も知らない義理の父親が娘の仇を討つ奇跡に…」

「…この子は誰の子でもないの。

 私の魔力が結晶化して産まれてくる子よ?

 長く生きる精霊獣ではたまにあることだわ」


 古狐の言葉に優しくお腹を擦った豊姫が反論する。

 偶々、主が森を訪れたタイミングで妊娠現象が起きたのだと主張する。


「それにしては膨大な竜気をまとっておられる気もしますが?」

「結実のタイミングで主様が酔い潰れていたのよ?

 近くにいた竜の魔力を吸い込むのは不思議でも何でもないわ。

 知ってるかしら? ベンジェー山に住む辰人族ってのがいるんだけど、彼らは元々ただの人族だったの!

 魔竜トージェンの側で暮らしていた彼らは、胎児の時に漏れ出す竜気を浴び続けて、辰人となったのよ?

 その子達はトージェンの子供ではないでしょ?」

「それは人の話ですし、直接竜気を受けたわけではございませんよね?

 対して御子様は主様の竜気を浴びて豊姫様の中に産まれられた。

 …それはそれで主様の子供なのでは?」

「ウグゥ!」


 苦しい言い訳に終始する豊姫を眺める古い眷属は、一時のことを思えば落ち着いた豊姫に内心安堵する。

 数百年前にはじめて身籠った御子を奴の襲撃で失った時は平原へと逆襲を繰り返し、傍目には自暴自棄にしか見えなかった。

 それに比べて、今の落ち着きの安定具合は眷属に安寧をもたらしている。

 産まれてくる御子をユーリスの子として扱うのは確定だが。

 …そもそも竜族は互いの竜気を混ぜ合わせた竜核を産み出し、それに更に竜気を加えて子供を産み出すことも出来る。

 ドラゴンは個体数が圧倒的に少なく、しかも相性が悪いと子供が作れない。

 運良く巡りあった相性の良い同族と同性だった時の奥の手がこれだと言う。

 もちろんこれで産まれた子を自分の子じゃないと言う竜はおらず、5年ほどは子育てをすると言うし。

 そういう考えから言っても、豊姫のお腹の子供は主の子供のようなものだった。


「…それにしても、一日中あんなことをしているのでしょうか?」

「そ、そうなんじゃない」


 これ以上弄って、お腹の御子に何かあるのを避けたい眷属は、豊姫への追求を止めることにして異様な光景の話題に戻す。

 身構えていたのに肩透かしを食らった豊姫はどもりつつそれに乗る。


「何人か休んでるのもいるし、交代しながら一日中やるのよ。

 掃討戦は狼の動きが変わったらでしょうね」

「なるほど。……それまで暇ですね」

「しょうがないわよ。これも仕事」


 そういって再びお腹を擦り出す豊姫は幸せそのものと言う顔をする。


「そういえばなのですが、今の主様は生命の属性を持つ竜なのですよね?」

「…そうね。

 私もはじめて聞いたわ。

 大抵のドラゴンはユニークとは言え、4元素属性のどれかだもの。

 まあ中には、魔術の属性を持つ万式のリーズリッテとかもいるけどね」


 有名処では、霧のメンクラウや雹雨のツメターイのような変わり種もいるが、彼らとて、4元素の複合でしかない。

 4元素単体よりは珍しいが、本当に珍しいタイプとなると万式のリーズリッテや死糸のトージェンくらいだろう。


「…生命の属性を持つ竜と言う特性はほぼ全ての竜と相性が良いと言うことでは?」

「どうなのかしら?

 竜なんて意味不明生物よ?

 本人達も自分達の本質を分かっていないような連中だもの。

 考えるだけ無駄」

「…会ったことがあるので?」

「何体かはね。

 相性の良い同族を探して、フラッとやって来ることがあるわ。

 基本的にきさくな良い連中よ?

 ……怒らせると地獄を見るけどね」

「…はあ」

「関わらないのが一番よ。

 …忘れなさい」


 苦虫を噛み潰したような顔の豊姫を見た眷属狐はそれ以上の追求を諦めて、人間達の様子を伺う仕事に戻るのだった。

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