第121話 野営の朝

 ファーラシア軍の陣地から東に数キロの所で野宿をすることになった俺。

 そんな俺は翌朝、野宿とはと疑問を抱く。

 少女の声で簡易ベッドから起こされ、大型テント?を出れば、目前に湯気を上げるスープとステーキがドンっと置かれたテーブル。


「おはようございます。辺境伯様!」

「ああ、ええっと?」

「ルビー・サファイヤでございます」

「エメラルド・サファイヤです」


 自問中に声を掛けてきた少女の名前がこんがらがっていたのを察した歳上の少女が名乗り、妹も続く。


「ああ、ルビーとエメラルドのサファイヤ姉妹ね」


 エメラルドとサファイヤのルビー姉妹かと思ったが違ったようだ。

 口ごもっていて正解だった。


「野営中の朝食とは思えない豪華な食事だ。

 …ありがとう」

「いえ、貧乏男爵家ではこういう武骨な料理くらいしか出来ませんので…」

「俺一人では干し肉を齧るくらいだったからな。

 感謝している」

「「ありがとうございます!」」


 彼女らはウエイ伯爵家の寄子にあたるサファイヤ男爵家の娘であるのだが、ロランド派閥のコッスイ伯爵家とも遠縁の繋がりがあるとかで、このファーラシア軍陣地では肩身の狭い思いをしていたらしい。

 ウエイ伯爵としても彼女らの境遇に同情するもののどうすることも出来ずにいたと言う。

 その折に、俺がここに野営をすることになったのでその護衛騎士として派遣された。

 他にも十数人の騎士が野営地の設営と維持を行ってくれている。

 殆どは縁戚がロランド派閥に付き、立場を悪くした騎士爵家の出身などだと言う。

 …若い女性が殆どなのは偶然だと思うことにした。

 ……女性は家を継げず、かと言って嫁ぐのにも金が掛かる。

 良いイメージのない冒険者にもなりたがらないので意外と王国軍などには未婚女性の騎士が多いらしいのでそのせいだ。

 地球と違ってステータスのあるこの世界ならレベルさえ上げれば性差は無視出来るし。

 女性騎士が多く派遣されても、俺が彼女らと男女の中になることはあり得ないし、ウエイ伯爵も考えてもいないだろう。

 俺の機嫌を損ねれば彼女らのような後ろ楯の弱い家など簡単に吹き飛ぶ。

 求めても拒まれない?

 …冗談じゃない。

 下手なことをして、ユーリカの耳にでも入ったら大変だから、そんな悪さはしない。

 幾ら弱小と言えど、同じ王国貴族ではあるので、キズモノにしたら責任を取らされるわけだ。

 そうなれば嫁の耳にも入るわけで後が怖い。


 それでは何故彼女らが俺の世話を焼くかだが、彼女らの願いは辺境伯軍の従士への転属。

 騎士から従士へのランクダウンだが、貴族家出身の令嬢である以上、従士としては上位の地位となる。

 …ことわざにある鶏口牛後と言う奴だな。

 平の騎士として燻るよりも従士隊幹部として、行動する方が将来的に安定する。

 そもそも普通の上位貴族なら歴史のある陪臣家で従士隊幹部が編制されるのだが、ウチは歴史もなにもないから出来ることであり、彼女らにとっては振って沸いたチャンスだ。

 この後は低層探索冒険者のような優秀な婿を取らせて従士家を興させる。

 或いは子爵軍時代(と言ってもつい最近だが)の幹部とくっ付けるのも良いかもしれない。


「さて、時間は…。

 少し早いかな?」

「打ち合わせは済んでいます。

 ウエイ伯爵閣下がお茶会を始める時に伝令を出してくださる予定ですので少々お待ちください」

「…そうか」


 さすがに王国軍所属の騎士だけあって練度が高い。

 俺が言う前に事前調整が出来ている。

 ただし、じっと横に直立不動で立たれるとあまり気が休まらない。

 エメラルド等は見た感じ10代中盤くらいだぞ?

 それを立たせて置いて、自分は座るとか居心地が悪い。


「…そういえばサファイヤ男爵家と言うのは何処に領地を構えている?」


 あまりに暇なので彼女らの実家について訊ねてみる。

 戦争になった北西部と自領となる東部。

 後は、その間にある北部はある程度分かるが、南西部から南部は詳しくないので、勉強も兼ねた雑談だが…。


「我が家は法衣の軍家でございます。

 王都の南警備部隊に主に士官を出している家です」

「そういう家柄もあるんだな…。

 南?」

「私達姉妹は側室の娘でして…。

 母方の縁がある西の警備隊へと配属に……」

「なるほど、大変だな…」

「いえ、母の実家経由でウエイ伯爵閣下のご助力を得られ、サファイヤ家と縁が薄れていたのが幸いしまして、今も国軍に残れていますので。

 …異母兄弟達はロランド殿下の亡命後は、王都の防衛に穴を空けたとして謹慎処分を受け、警備隊幹部の任も解かれていますし」


 その辺は眠たい政治の話と言うやつで、戦争に勝ったのが西部閥を中心とする勢力なので、その縁が強い西警備隊ではなく、南警備隊に責任を取らせたと言うわけだな。

 数の乏しい北や東の警備隊では周囲への影響力も弱いので、南だったとも言うか?

 南が何故多いかと言えば、伝統貴族に対する備えで、その性質も手伝って王都の法衣貴族の影響も大きかった。

 そういう家は影響力を落としており、元々法衣であまり豊かでもない家に至っては、娘の身売りも出ているらしい。

 そういう意味では目の前の少女達は幸運な部類の家と言えよう。


「失礼いたします。

 ウエイ伯爵閣下からこれよりお茶会を行うと伝えよと…」

「ご苦労。

 …さて、全員を丘の東側に集めろ」

「「はい!」」


 野営地の南に丘があり、その東側で竜化することに決めていたので、そこへ集合させる。

 竜化は周囲を威圧するのに便利なスキルだからな…。

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