第101話 ミーティアに着いた日

 今、ミーティアへ行くならぜひ食事処『フォックステイル』へ。

 辺境伯の身分をかざすのが面倒だったので、ただの冒険者ユーリスとして、ルネイの国境を抜けた時に国境警備兵から勧められた言葉だ。


「その時から予感はあったんだがな」


 ミーティアの街門を潜って、しばらく…。

 辿り着いたら多くの行列待ちが出来る人気店になっていたらしい。

 真面目に並ぶ気のない俺は速やかに裏口へ回る。

 ……色々と考えながら。


「こっちは裏口よ!

 勝手に入ら…。

 ! 主様!」

「…礼はいらん。

 ユーリカはいるか?」


 料理の仕込みをしていた冬音が、俺に気付いて平伏しそうになるのを止める。

 『調理』のスキルを持つこの春音達の姉は、やや堅物感があるんだよな。


「奥様は店長室で帳簿をつけてみえるはずです。

 お呼びしましょうか?」

「いや、そちらに行く。

 ありがとうな」

「勿体無いお言葉です」


 顔を合わせる度に、会釈してくる冬音の下に付いている弟子達にも、軽く手を挙げながら応えて調理場と食堂を繋ぐカウンターテーブルの脇にある扉を通り抜ける。


「開いてるわよ」


 調理場を出て階段を登った先。

 それなりの豪華さに仕上げられた部屋の扉をノックして入室の許可をもらえば、うちの嫁が必死に帳簿とにらめっこをしていた。


「…大変そうだな」

「あら?

 お帰りなさい。あなた」

「ああ」


 弱々しく微笑んでくるユーリカに軽く手を挙げて応え、応接用ソファーに腰掛けると対面に座る嫁を見る。


「どうしたの?」

「…うん?」

「何か考え込んでそうだから…」


 俺の顔付きに違和感があったらしく尋ねてくるユーリカ。

 彼女も何か抱えている顔だが?

 お互い色々な経験を積んだと言うことか。

 彼女にミーティアを旅立ってからの話を始めよう。


「うむ。

 色んなことがあった。まずは……」




「何やってるのよ、あの子達……」


 ジンバッドで貴族令嬢に拐かされた杉田と中野の話で呆れるユーリカ。


「しょうがないさ。

 この前まで日本で中学生をやっていた子供がいきなり国代表の使節団なんてプレッシャーに曝されて、しかも数日前に一緒に来た御影がゲーテといい仲になった焦りもあったんだろう」


 監督責任の追求を恐れた俺は彼らをフォローする。


「それはそうかもしれないけど…」

「あの歓迎会は国王の派閥に属する良識的な貴族ばかりのはずだ。

 下手な貴族とくっついて、足を引っ張られるより遥かにマシさ」


 特に南部の伝統貴族とか絶対に厄介だ。

 ロッド翁はともかく、レンタ-から聞いた貴族達は厄介そうな連中が多い。


「まああの子達の人生だから何も言わないわ。

 …あの子達はこれからハーレムを作っていくのよね?」


 嫁もそこに発想が飛んだか。

 漫画とかで良くあるパターンだもんな。

 ローラッドも2人の女性と良い関係になっていたと思う。


「ああ、沢山の嫁を娶って、その実家から支援を引き出す必要が…。あ!」

「どうしたの?」

「…なんでもない」


 不意に第3案を思い付いた。

 良い手ではあるが嫁の意思を確認してからだな。これは…。




 その後、結局大池もマーキル王国の令嬢とくっついたことから、アンネの話までを順に進めた。


「…飢えて死んでしまった女の子。

 私にとってはテレビの中の話だったわ」


 ユーリカの言葉は大半の日本人の感想だろうな。


「俺だってそうだ。

 つくづく異世界ってものを理解していなかった証拠だな」

「そうね。

 …大丈夫なの?

 そんな世界であなたは貴族になるんでしょ?」

「既に辺境伯だよ。

 後の祭りだな。

 …けどな、現実だったんだよ」

「現実?」

「ああ。ここがゲームのような異世界でも、俺達は主人公のように幸せになって行ける訳じゃない。

 悩んで苦しんで後悔ばかり繰り返して、それでも生きていくしかないんだってな」

「……」


 俺の言葉に思うところがあったのか、沈黙するユーリカ。


「本当に嫌な世界よね」

「そっちも何かあったのか?」

「先週末、屋敷に帰る時に見掛けた子供の冒険者パーティが週明けに食い散らかされているのを見たわ。

 冒険者にならなければ、あんな目に遭わなかったんじゃないかしら……」

「そうだな。

 だが、ならなければ飢えて死んでいたのかもしれない。

 ここはそういう世界だった…」


 帳簿を必死につけていたのは彼女なりの現実逃避だったようだ。

 さて、ユーリカにこれまでの経緯を報告している最中に思い付いた新たな選択肢も含め、嫌な相談をしよう。

 これも現実をみないで勢いだけで辺境伯となったバカな男の自業自得だ。

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