第99話 せめて今日くらいは物語のような幸せがほしかった…

 短刀を突き付けた老婆に寄るとかろうじて、意識があった。


「竜神様。願いを聞き届けてください…」


 弱々しく腕を伸ばして扉を指差す。


「奥にいる私の孫たちを…」


 そこで事切れる老婆。

 鑑定と解析を行う。


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名前 ジネ 性別 女

種族 人

職業 竜司祭

レベル 51

能力

 生命力 0/81

 魔力  0/48

 腕力  47

 知力  98

 体力  62

 志力  87

 脚力  54

スキル

 技能 祈祷(7)

    占い(6)

ユニークスキル

    この心臓を竜に捧ぐ(ー)


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「ユニークスキルこの心臓を竜に捧ぐ。

 自らの命を代償に竜種を1度だけ召喚、使役出来る。

 ただし、レベルが上の竜には効果がない。

 …まさかのレベル依存スキルがあるなんてな」


 この老婆は後で弔ってやることにして、孫とやらを速やかに保護するために扉に向かう。

 決して、悠長にしていて良い時間はないだろう。

 扉の奥には、1人の子供。…それと子供だった物。

 見た感じは兄か姉だったのだろう。

 痩せ細ってはいるが背が高い。

 アフリカの難民の子のようにお腹が膨らみ、髪は抜け落ちているようだ。


「おああちゃん?

 もういうぃの?」


 歯が抜け落ちてしっかり発音できないのか。

 見た感じはマナより少し下だと思うが、目も濁っている…。

 …これは。


「すまないな。

 お婆ちゃんじゃないんだ。

 おじさんはお婆ちゃんから君を助けてほしいと頼まれた者だよ?」

「おいちゃん?」

「ああ、ユーリスって言うんだ。君の名前は?」

「アンネ…」

「アンネちゃんか。

 一旦この家を出ようか?」

「だえあよ。

 おいいちゃんがいあくなっちゃったの?

 帰って来うまで待えないと…」


 …やはり栄養失調による盲目症状か。

 何で俺はこのタイミングでここを訪れる羽目になった!

 せめて数日早くここを訪れていれば!

 …或いは知ることもなく、通り過ぎれれば。


「お兄ちゃんはね、遠くに用事が出来たんだって。

 お婆ちゃんと一緒に行かなきゃ駄目なんだけど、アンネちゃんは小さいから、おじさんが君を預かることになったんだ」

「え?」

「今日からおじさんが君のお父さん代わりだからね?」

「…いや。

 いや! おああちゃん! おああちゃん! おああち、キャア!

 おあーちゃん!」


 部屋を駆け出し、そのお婆ちゃんに躓いて、それでも気付くことなく外に駆け出して叫ぶ。

 目が見えないような栄養状態だ。

 下手すると命に関わるのに…。


「本当に何があったんだ?」


 一旦近くの布で兄だったモノと祖母であった骸に布を掛ける。

 …何かの拍子に目が見えると困るから。


「おああちゃん…。

 アアァァアアァ!」

「大丈夫だからな、なあ」


 ついに泣き出すアンネを後ろから抱き上げる。

 怖いくらいに軽いと思いながら。

 しばらくそのまま抱き寄せて、落ち着くのを待つ。

 …マジで命に関わるぞ、これ!


「ウッグ、ウッグゥゥ」

「アンネちゃん。おじさんが良いものをあげよう」


 誘拐犯みたいな台詞だと思いながら、取り出したのは豊姫から貰ったメープルシロップもとい木糖。

 壺の中のそれを指で掬って口へ運ぶ。


「甘い…」

「それは良かった。たくさんあるから慌てずにな…」


 消化に良い糖類だが、慌てて食べれば負担になるだろう。

 …生理食塩水で薄められると良いんだが。

 そういうものがない以上は彼女の気力と体力に賭けるしかない。

 貰った壺の3割ほどを平らげて、眠り始めたアンネを家のベッドへ運び、代わりに祖母と兄の遺骸を埋葬することにした。

 開けた村の中央の土は砂っぽい地面で俺の力なら容易く掘れるのでそこに安置して土を被せた。


「一応、周辺の家も確認するべきだな」


 アンネを娘として育てるなら、彼女の縁者は俺の身内だ。

 余裕があるなら、弔ってやるのが筋だろう。

 20軒少々の家を周り、見付けた遺骸を埋葬していく。

 そのうち朧気ながら何があったか分かってきた。


「成人男性の遺骸がなく、どの家にも狩猟道具があり、村の何処もかしこも痩せた土地。

 ……何らかの理由で狩猟を行っていた成人男性がいなくなり、蛋白源が絶たれて徐々に健康を害していったのだろうな」


 山裾の木々からエネルギー源となる炭水化物は補給出来ても、身体を作る蛋白源がなければ徐々に弱っていく。

 緩やかな死へと集落全てが進んでいったのだろう。

 土に埋めて木を刺した墓標。彼らの流儀に反する勝手な埋葬かもしれないが、知識も人手も足らないので勘弁願おう。

 17の墓標に手を合わせて軽く頭を下げる。


「さて襲われた遺骸がなかったから安全だと思うが、アンネの元へさっさと戻るか」


 彼女の家ではアンネがベッドの上で健やかな表情を浮かべて眠っていた。

 うなされていないことに安心して、痩せこけた頬に触れた俺の顔からサーッと血の気の引く嫌な感触が走った。


「おい! アンネ!

 起きなさい! 起きろ!!

 起きろ! 起きろ!」


 理性が訴える無駄だっと。

 黙れとねじ伏せて、起きろ! と叫ぶ。

 寝かせてやろうと優しい声を叩き伏せて、起きろ! と揺さぶる。

 これ以上苦しめるなと咜りつける声が聞こえる、俺は苦しみ以上の幸せをやると黙殺して、起きろ! と訴える。

 冷たい身体を抱き締めて、いつ振りかもしれない涙を流しながら、神を呪って夜を過ごしていく。




 抱き締めて、俺の熱で温かくなった少女の亡骸にあばら家の隙間から日の光が差し込んだ。

 相変わらず穏やかな顔を浮かべたまま永遠の眠りに旅立ったようだ。

 …ノロノロと立ち上がった俺は彼女を兄と祖母の墓に埋めることに決める。


「剣と魔法のファンタジーな世界だろ?

 少しくらい奇跡をくれても良いじゃないか」


 アンネの遺骸を家の壁にもたれさせながら呟く。


「俺が着いた時には全て手遅れって、どんな苛めだよ!」


 あばら家を叩きうっかり穴を空けてしまう。


「こんなに力があるのに小さい女の子1人救えない!

 出来損ないファンタジーが!」


 …違うな。

 出来損ないなのは俺だ。

 あれだけ人を殺して、それでもまだ命の重さを弁えていなかった。

 視界をぼやけさせながら穴を掘る。

 1日だけ娘になった少女を弔うために…。

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