第94話 失踪? からの、

 夜会の翌日、それぞれの貴族が自分達の領地に戻るなり、任務に赴くなりで慌ただしい城門付近を眺めながら、脇の小門を抜けてガンツの錬金術工房へ向かったのだが…。

 それらしい店が見当たらない。

 通りを間違えたのかとも思って周辺を散策するが…。

 どれほど探しても見付からない。

 やむを得ず近くの通行人に尋ねたが、店を閉めて出ていったと言う噂を聞いたので、商人ギルドに向かった。


「錬金術工房のガンツさんは約3週間前に店を閉めておりますね。

 営業登録も停めてありますので彼が何処に行ったかはギルドでは分かりかねます」


 ジンバッドからマーキルへの移動中くらいの時期だな。

 日本ならともかく中世レベルのこの国で、それほど前に出ていった人間は追跡出来ない。

 後は精々、当時の担当者の聞いた世間話くらいがヒントだが、


「何か言ってなかっただろうか?」

「特には聞いていないと思われますよ?

 ドワーフの方が人族にわざわざ愚痴をこぼしたりは…」


 だよな。

 何処に行ったんだ?

 勇者に対して武器の手入れを無料にするなんて約束もしていたし、3週間前だと俺達の情報も王都へ届き始めた時期だろう?

 出ていく理由にならん気がするぞ?

 もしかして、変な貴族に拐われていないよな? 

 …言付けておくか?

 俺の知り合いと知って下手な手出しを避ける貴族が増えれば良いのだし。

 いや、ガンツが拐った貴族の顔を見てたりすると反って危険か?

 3週間前…。

 そういえばレッドサンドとの争いが表面化した時期でもあるよな。

 ドワーフ故の身の危険を感じての雲隠れと見るべきか?

 スパイとして既に処分されているか、雲隠れのどちらかの可能性が高いかな。

 処分されていてはどうしょうもないが、一介の錬金術師兼鍛冶師をわざわざ暗殺なんてしないだろうし、結構なレベルになっているはずのガンツを周囲に気取られずに殺すのは難しい。

 って、そもそも自分で店をたたむと言いに来てるんだから雲隠れじゃねえか?

 なら、


「ガンツがやって来ることがあれば、友人のユーリス・マウントホークが訪ねてきたと伝えてくれないか?」

「承りました。ガンツ様がやって来たさいにユーリス・マウントホーク様が訪ねてきたと伝えます。

 ユーリス・マウントホーク様?

 マウントホーク子爵様であらせられますか?!」

「今は辺境伯へ昇爵したがな」

「失礼いたしました!

 直ぐにギルド長を呼んで参りますのでしばらくお待ちください!

 …ジューン!

 この方を来賓室にご案内して」

「え?」


 俺に全力で頭を下げた後に少し奥にいた女性を呼んで指示する。

 急に振られた女性にはえらい迷惑だろうな。


「こちらはユーリス・マウントホーク様。

 あのマウントホーク子爵様で、今は辺境伯家のご当主様よ」

「失礼しました!

 こちらへどうぞ!」


 受付嬢の言葉に、顔を真っ青にして俺の案内をしてくれる女性。

 俺は特に何も言わずに付いていくことにした。

 …あまり怖がらせるわけにもいかないから。





 受付の隣の扉を開けて、1つ目の扉の中に案内されて、震える手で運ばれてきたお茶を少し飲んだところで、商人ギルド長の壮年男性が現れた。


「始めまして、ユーリス・マウントホーク辺境伯様。

 私はロッツと申します。

 ご高名なユーリス卿へのお目通りが叶い光栄の極みでございます」

「ただ運が良かっただけさ」

「いえいえ、冒険者ギルドからロランド王子に閣下の情報が流れたとも噂を聞きます。

 冒険者ギルド相手にやりあって、なおこれほどの地位に登りつめられる方をどうして運が良いの一言で片付けられましょうか」

「…初耳だぞ?」

「これは失礼しました。

 私共も噂で聞いた程度の話ですので閣下を不快にさせるとは思わず…」


 困った顔で謝罪するロッツ。

 その表情からこれが公然の秘密のような扱いだと分かる。


「詳しく聞かせてくれ」

「……分かりました。

 あくまでも噂であるとご了承ください。

 あれはかれこれ2ヶ月ほど前になるかと思いますが、ロランド王子派閥のサギール男爵閣下がボーク侯爵邸を頻りに気にしていたらしいのです。

 丁度その時期に前後して、商人と直接取引をする冒険者が増え、その先駆けがマウントホーク様のパーティですから…」

「中抜きが減って損をした冒険者ギルドから情報が流れたと言う噂が立ったのか…」

「はい。しかもその直後に冒険者ギルドとそれなりに付き合いのあるタカール伯爵邸が何者かに壊滅させられ…」


 これ、下手すると俺がタカール襲撃犯だと疑われないか?


「後にタカール邸はアンデッドによる襲撃と判明したのですが、閣下を疑う者も僅かに存在します。

 …お気を付けください」


 俺の内心を理解して説明してくれたが、何の救いにもならない情報だな。それ。


「商人ギルドは?」

「一切疑っておりません。

 専売で利益を得ていた冒険者ギルドと黒い噂が絶えなかったタカール伯爵ですので…」


 つまり、完全に疑いが晴れたわけじゃないけど、利益を与えてくれる俺に敵対する気はないと言うことか。

 にしてもラーセンとミーティアで冒険者と商人のそれぞれのギルドの好感度が逆になってるのが面白い。

 ラーセンは冒険者ギルドに嫌われ、商人ギルドに好かれる。

 逆にミーティアでは冒険者ギルドに嫌われてなくて、商人ギルドに煙たがられる。

 ラーセンの商人ギルドはファーラシア全土に関わるが、ミーティアの商人ギルドは他国の商人。

 冒険者ギルドはどちらも支部止まりで大勢に影響しない。

 ただの偶然であるが、1月前の俺グッジョブである。

 ……これを最初から計画してやっていたら、天才を通り越して化け物だが。

 残念ながら俺のこれは行き当たりばったりの産物である。


「今後も親しくしていきたいものだな」

「ベイス旧侯爵領にも商人ギルドがありますので、多くは望みません。

 ただ、ラーセンへの道は遠くマーキル王国へと続きますので…」

「そうだな。ではよろしく頼む」


 どちらにしろ、王都と辺境伯領都への街道整備はジンバル侯爵の依頼でもある。

 あえて何も言わずに、恩を勝手に感じてもらっても問題ないだろう。

 改めて、ガンツのことを頼んで商人ギルドを後にした俺は、王都郊外の兵舎に預けられたアル、ベガ、デネの3羽?頭? を回収して、そのまま『竜狐の森』を目指すのだった。

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