第92話 夜会の脇で
レッドサンドの圧力に、アガーム方面に消えた第1王子は貴族の動向、南では正体不明のアンデッドの潜伏と多くの問題を抱えているファーラシア王国だが、今宵集まった貴族達に不安な顔は見えない。
夜会と言う形で貴族を集められる王家とそれを支え、共に歩む自分達を信じているのだ。
そんな華やかな場でムスッとしているのは俺ぐらいだろうか。
「師匠、何でそんな不機嫌何ですか?」
「別に機嫌が悪いわけではないぞ?」
「けど」
「つまらなそうには見えますわ?
もっと微笑まれてはいかがですか?」
隣の少年貴族とその妻に指摘されるので、表情を和らげる。
…タイミングとしては悪くないかとも思うし。
「俺は戦闘力を買われて、辺境伯となった武骨者だから、こういうきらびやかな場は苦手なのだ。
…と言う設定にしている」
周囲が聞き耳を立てていないことを確認して御影に種明かしする。
「設定?」
「ああ、こうしておけば俺を侮って、マウントホークが魔物の領域まみれの間は下手に接触してくる貴族も出てこないだろう。
その後は変な干渉もされるだろうが一番肝心な黎明期を乗り越えた後ならどうとでもなる」
その時期に干渉してくる貴族は絶対にこっちを侮って無茶振りをしてくるだろうから、その時は一罰百戒として見せしめにしてやろう。
「…そうですね。
マウントホーク領は幾つもの領域に分断された悪地と言う認識。
多くの貴族は陛下のこれをマウントホーク卿の力を削ぐための封じ込めと思っているでしょう」
「ああ」
イブニングドレス姿のゲーテに頷く。
「不満をそらせる意味もあるがな」
「お手数をお掛けします」
「え?」
「かまわんよ。
レンターが潰れたら一番困るのは俺だ。
レンターが俺を先生と呼ぶなら、当分用心棒をやってやる」
「ちょっと!
分かるように説明してよ!」
状況の分かっていたゲーテとの会話に不満を示したのはその夫となる予定の御影。
現時点ではしょうがない。
むしろ、あの王女付きだけあってゲーテが鋭いのだ。
「レンターは小飼のお前達勇者を優遇して、俺を先生と呼びながら冷遇した。
こうなると俺に対しては多少嫌がらせをしても罰せられない。
けれどお前達に嫌がらせをすれば不味いと周囲は思うのだよ。
ぶっちゃけ囮だ。
お前らは俺が囮になっている間に自分達の領地を安定させろ」
「そんな無茶な!」
「…そうなんだよな。
正直、御影だけは厳しい」
俺も無理を言ってる自覚はある。
俺に出来るのは時間稼ぎくらいだし。
……本当に?
「他3つは他国の貴族が運営のノウハウや技術を提供するし、人材も斡旋してくれるんだろうが…。
俺の方にそんな余裕がない。
王都で味方を増やすしかないかな?
…ゲーテは良いか?」
「…私も貴族の娘ですので。
けれど肝心の人がいません」
こちらの問い掛けを正確に理解しているようでなによりだが、
「そうなのか?
ごろごろいるだろう?」
「何処も転封や復興で忙しいので最悪はただの居候に…」
「かといって法衣は要らないよな?」
「はい。軍務閥は今は稼ぎ時となりますわ」
「伝統貴族は喰われて終わるのがオチだよな?」
「そうですね」
領地運営のノウハウを持つ貴族の令嬢をナンパしてその実家から援助を引き出そうと言う作戦は、そもそもの人材不足で頓挫する。
人材が余っているであろう南の貴族達は歴史があるから、こんな新米領主は簡単に篭絡する手管がありそうだし…。
「人は財産とは良く言ったものだ。
ミーティアに行く前にベイス元侯爵領に行こう」
「はい?」
「人材が余っていて余計な口出しが出来なくて、多少は後ろ楯になるだろう?」
「ベイス家の先代を討ち取ったのが私の夫達ですが…」
「毒殺しようとして返り討ちなんて絶対に言えないからな。
多分、偶然通り掛かったドラゴンに殺されたことになってるんじゃないか?」
爵位を下げられるのに、未だにアガーム王国に寝返っていないのがその証拠だろう。
「危険ですよ?
機会を窺っていたら…」
「その機会を奪えば良い。
連中も馬鹿じゃない。
アガーム王国に寝返っても地位が保証されるわけじゃないんだ。
子爵家の側室に娘を嫁がせ、それなりの領地へ転封すれば問題ないと思うが?」
毒殺を計画したことを知っている王家が見逃すのだから名誉は守られる。
紛争を起こした責で伯爵家に降爵されるが、転封先をある程度気を使えば、…いや領地割譲が良いだろうか?
駄目だな。
…それだと俺は損だけ被る。
絶対にレンターが信用しない。
「ちょっとレンターに話しておくから。
そっちは準備を進めておけ」
困惑気味の御影とゲーテを残して、俺は早速悪巧みに動き出したのだった。
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