第88話 ラーセンエトル砦

 元々、ラーセン西部はマーキル王国やジンバット王国の影響が大きい地域。

 つまり在地領主の殆どが第2王子派である。

 そのような地域で高地が解放されてスムーズな行軍が可能となった影響は大きく国軍が篭る砦くらいしか抵抗を受けず、それらもレッドサンド王国との戦争に駆り出されない弱卒騎士団だったのですんなりと攻略出来た。

 結果、僅か13日でラーセンの西部にあるラーセンエトル砦前まで到達した。

 これも輜重隊の安全に配慮したが故の行軍だったのだから、正直抵抗は皆無と言っても良いかもしれない。

 そんな本隊に合流している俺達マウントホーク子爵軍は暇をもて余していた。

 既に戦功第1位の決まっている俺達が、このエトル砦攻略まで手を出すと周囲から武勲独り占めだと批難される訳で戦線に出れず、かといって大詰めの本陣を離れるのも問題となっているわけだ。


「それでシュール君。

 君は誰を高地に宛がうべきだと思う?」

「ミック・ジュラ公子が最適だと思います。

 彼はマーキル王国軍務卿の寄子であるジュラ男爵家の子ですから…」

「……確かにマーキル王国の方が俺が治める予定の東部より近いしな。

 ただ横領とかしないか?

 …あんな採算が悪い土地の横領懲罰に兵士とか派遣したくないぞ?」


 代官が土地まるごとマーキル王国に帰順して、ベネット高地はマーキル王国領になりましたとかなったら、貴族としてのメンツに懸けて、奴を必ず殺す必要が出てくる。

 それをすれば大損だと分かっていても退くことが出来ない。


「あの土地で取れるのなんて鉄鉱石くらいですからね。

 やはりレンター殿下は引き取って下さらないと?」

「駄目だとさ。

 グリフォンが生き残っていて、それを支配下に出来るなら別だと言っていたが…」

「…逃げちゃったんですよね」

「ああ。ちょっと暴れすぎた。

 この子と同じくらいの幼体が3頭だけ…」


 高地を解放したのは良いのだが、ドラゴン化した俺が大暴れしたのが原因で、生き残りのグリフォンが何処か行ってしまった。

 小さい個体を置き去りにしてもしょうがないと思うほど俺を恐れたらしいのだが、それが問題でレンターからベネット高地の受け取りを拒否られた。曰く、


『そのうちグリフォンが戻ってくるかもしれない土地は要りません。

 先生が責任取って管理してください』


 とのこと。

 ちなみに先生ってのは俺のことだ。

 胡散臭い冒険者崩れではなく、『用心棒の先生』であり、戦略のアドバイスをする『軍師の先生』と言う意味らしい。


「山師を少し入れて何か特産になるものはないか考えるかな」

「それが良いかもしれません。

 どちらにしろこの戦争が終わるまではグリフォンも戻ってこないでしょうし、放置で問題ないかと…」


 奴らも下手に人目に触れればまた襲われるかもしれんと警戒するだろうな。

 往来が活発な間は問題ないか……。


「そうだな。

 …それにしてもいつまでここにいる気だ?」


 問題は先送りにして、話題は砦攻略に戻した。

 一応、椅子に座って待っているのだが、かれこれ3日以上はこの砦攻略に取り組んでいる。


「ここを抜かれたら、王都は丸裸ですから向こうも必死なのでしょう」

「いや、王都近郊まで攻め寄せられている時点でアウトだろうに」

「ロランド王子は継承権破棄と別荘での蟄居で済むかと思いますが、王都警備を司る貴族や騎士は命懸けですから…」

「これで防衛が成功したとしてどういう扱いになる?」

「……そうですね。

 他の地域から援軍が来れば我々が逆賊軍となり、我々を追い払えれば少なくとも改易は免れるのではないですか?」

「援軍が来ると思うか?」

「来ませんね。

 正確には援軍を出せる戦況の戦場がどこにもないと思います。

 南西方面は対レッドサンド戦線。東は対アガーム戦線の維持で手一杯でしょう」

「アガームは嘘の戦場だろう?」

「それを正直に言えば、国中の貴族が激怒しますよ?

 そこまで愚かでは…」


 それもそうか。

 うん?


「東の方が騒がしいな?」

「そうですね。王都方面ですし警戒しておきましょうか?」

「王都の警備隊とか投入したか?」

「…有り得ませんよ。

 そんなことになれば民の目線に自分達の敗色を晒すことになります」


 警備兵を投入しなくてはならないなんて敗北間際の証明だわな。

 お、本隊の兵士がこっちに来るな。


「伝令!

 王都からやって来た冒険者が陣借りに雇えと言ってきております!」

「アホだろ?

 既に大勢が決した現状で兵の増員なんてしてもしょうがない」

「従軍証明がほしい奴らですね。

 たまに居るんですよ。勝敗が分かってから参戦して、従軍証明をもらっていく奴が」

「そんなのもらってどうするんだ?」

「従軍証明は持っていれば箔が付きます。

 戦争に参加したことのある冒険者ってことですから…」

「ふーん」


 度胸試しの証明みたいな物か。

 こんなくだらんことに対応させられる貴族も可哀想に。

 折角、戦功稼ぐ場なのに…。


「王子殿下よりマウントホーク卿に対応を頼みたいとのことです」

「はあ?」

「ヒィィ!

 申し訳ありません! 自分は殿下のご伝言をお伝えしただけで…」

「閣下!

 伝令が怯えています。

 その殺気を抑えてください」


 伝令に聞き返したら、シュール君に注意された。


「すまん。

 しかし何で俺がそんなことを?

 暇な後方支援の貴族にでもやらせろよ?」

「だからでは?」

「ん?」

「ですから、閣下が一番暇をもて余している貴族なのでは?」

「……」

「…殿下には了承したとお伝えください」


 俺が沈黙している間に伝令への返答をするシュール君。

 しょうがないのでお仕事をすることにした。

 …全員まとめて前線送りにしたろうかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る