第70話 国境の街ルネイの屋台街

 ユーリカとマナは街に並ぶ様々な産物を見ては試し、気に入れば購入していた。

 予算は金貨6000枚。買った物はマジックバック保管と言う状態。

 一切の制約がない買い物は母子の欲望を大いに満たしうるものだった。

 何せ、この街で1番高い物であろう旧バニージ伯爵別邸ですら金貨4800枚。

 …十分購入可能なのだから。

 ちなみに護衛兼騎獣として黒姫に股がり、春音と秋音にあれこれ買ってこさせる様から誰もが絡もうと思わない快適な買い物だった。

 今回はそんな集団が屋台街の端で戦利品となる料理を食べ比べていた時の話。


「そこのお前ら!

 その馬を俺に寄越せ!」


 高圧的に声を掛けてきたのは護衛らしき騎士を連れた少年だった。

 数少ない例外となったのはそれなりに整った顔に不遜な表情を浮かべた彼は、当然と言う顔で近付こうとする。


「何処の人か知らないけど、黒姫は私のだもん。

 あげないよ?」

「何を!

 俺はアガーム王国オドース侯爵家の嫡男クチダーケ様だぞ?」

「プッ。

 口だけ?」

「クチダーケだ!

 分かったら馬を寄越せ!

 ……ヒィ」


 高圧的に近寄ろうとした少年は首筋に当てられた秋音のナイフに驚いて悲鳴を上げる。


「…近い」

「あまりアホなことを言ってお嬢様に近付くなってウチの妹は怒っているわ」

「アホとは言ってない…」

「若様!

 おのれ…」

「抜いたら殺されても文句は言えないわよ?」

「下賎な輩があぁ…

 ……ヒィィィ! 助けて!」


 護衛対象を助けようと声を荒げた騎士は春音から発せられるプレッシャーに当てられて、助けを乞う。

 その無様さは周囲の笑いを誘った。


「わ! 笑うな!」


 自らへの嘲笑に顔を赤くして怒鳴るが、上擦った声が更なる笑いを誘っただけとなった。

 そもそも他国の貴族位など何の役にも立たない商人の街でそれを振りかざす者が好まれるわけもなく、絡まれる面倒を避けてそれなりに丁寧に扱われる程度でしかない。

 これはその程度のことも理解していなかった少年が自ら招いた結果だ。


「よくも恥を!

 決闘だ!」

「良いわ…」

「待ちなさい!」


 意気揚々と決闘を受けようとしたマナを止めたのはその母親だった。


「ええぇ!」

「まずどういう決闘なのかはっきりさせなさい。

 何でもアリなのか。剣術のみか、魔術のみか。

 ついでお互いに何を賭けるのか」

「…良いの?」

「決闘のような危険にマナ様を晒すのは危ないのでは?」


 決闘自体を停めると思っていたユーリカがむしろ条件をハッキリしろと薦めたことに驚く春音と秋音。


「構わないわよ。

 秋音のナイフに反応出来ないんだから、マナより確実に格下。

 怪我を負わせるのだって難しいのじゃないかしら?」

「…納得」

「確かにその通りでした。

 むしろ相手の方に心配がいるのでは?」

「貴様ら!

 俺はハーミットクラブ次席の魔術師様だぞ!

 それがこんな小さなガキに負けるだと!」


 納得して冷静になる狐姉妹に対して、その説明に激昂したクチダーケ少年はあまりパッとしない肩書きで反論する。


「ハーミットクラブ?

 しかも次席って」

「黙れ!

 ハーミットクラブは魔術都市ミーティアに属するすべての学生を纏め上げる組織だ。

 つまり俺はミーティアの全学生の中で2位の実力があると言うことだ!」

「理屈に合わないわね。

 その理論で言うと各国の王様は、武術に魔術に学術と全てがその国で1番と言うことになるんだけど?」

「はあ?

 …あ!」


 遅ばせながら自分の言い分の根拠のなさに気付いた少年が顔を赤くする。


「とにかく決闘を!」

「まあ良いけど、あなた達の要求は?」

「その馬とお前達の謝罪だ!」

「それで何を賭けるの?」

「ふん!

 この俺が謝罪してやる!」

「駄目ね。同価値の物を賭けないと成立しないわよ?」

「ふざけるな!

 俺の謝罪だぞ! このオドース侯爵家の嫡男クチダーケ様の!」

「…若様。

 ここがアガーム王国内でない以上はそれは通用しません……」

「何だと!」

「ここでクチダーケ公子はまともな契約も出来ないと噂になれば最悪それを理由に廃嫡も」


 烈火の如く怒り狂うクチダーケだが、護衛でありこの場で唯一の味方である騎士の忠告に固まる。


「こちらはその馬に値する金貨を出そう!

 金貨10枚でどうだ?」


 騎士が折衷案を出した。

 他国とは言え侯爵家相手だから金貨10枚の格安な金額でも、普通の平民なら諦めざるを得ない。

 母子は普通ではないが、そもそも金貨の価値をあまり理解していないので受けようとしていた。

 絶対負けないのだからどうでも良いと言う発想が根底にある。

 しかし、クチダーケ達にとって不幸なことに悪魔が降臨した。


「ウチの馬が金貨10枚って妙な話をしているな?」

「何を!」

「「ご主人様!」」


 交渉に割って入られた騎士が激昂仕掛け、同行している姉妹の言葉に関係者であると知って口をつぐむ。

 これ以上不利になる真似はしたくなかったのだ。


「ウチの馬を賭けるなら最低でも金貨10万枚からだと言いたいが?」

「貴様!」

「話を最後まで聴け?

 もちろん、こちらが法外に吹っ掛けたと言われると外聞が悪い。

 足を引っ張りたい奴は何処にでもいるだろ?」

「それは…。そうでございます」


 ユーリス得意の迂遠な言い回しから高位の貴族かもしれないと考えた騎士が言動を改める。


「だろう?

 当然一方的な金額設定はそちらも外聞が悪いと思うが?」

「はい……」


 絞り出すように答える騎士の顔はかなり青い。

 他国で侯爵家の名を出した挙げ句の暴挙は、事と次第によっては自分達の未来がなくなるかも知れないとやっと気付いたのだ。


「ここは公平に周囲の商人達にウチの馬を買うとしたら幾ら出すかで決めよう。

 …どうだ?」

「はい。卿の仰ることごもっともでございます」


 目先を切り抜けることしか考えていない騎士は先に張られていた罠に気付かない。


「では最初はそちらの言う金貨10枚からスタートしよう。

 商人の皆にはすまないがちょっとした余興に付き合ってくれ」

「良いですね。

 私なら金貨1400枚でしょうか?」

「いやいや度胸のある馬は弾き手数多ですし、1800くらい出しますよ!」


 活気付いた商人が値を吊り上げる毎にクチダーケとその騎士は顔色を悪くする。

 最終的な金額が彼らが決闘で賭ける金額になるのだから当然だが…。

 金額は瞬く間に2万枚を超えてなお止まらない。

 それは最終的に金貨99,999枚で落ち着いた。


「これは残念だ10万枚を超えれば商談も出来たのに……」


 あたかも残念そうなユーリスの言葉にしてやられたことを知ったクチダーケ達。

 オドース侯爵領の1年分の収益に匹敵する額はとても賭けに出れる額じゃなかった。


「すみませんでした!

 若気の至りで調子に乗っていただけなんです!」


 すぐに謝罪の言葉を口にするクチダーケ。

 決闘に負けた時に背負う借金は父親から勘当を言い渡されても可笑しくない額だから、決闘を撤回した不名誉を取ったのだが、


「安心しろ。

 賭けに必要な10万枚の金貨は貸してやる。

 その程度の金など大貴族には容易いだろう」

「ヒィィ!

 お許しを! 何卒お許しを!!」


 10万枚の金貨をポンッと出せる経済力から言って相手は大国の王族かもしれないと思ったクチダーケは土下座で必死に許しを乞う。


「そうか。

 しょうがない。

 …そう言えば、お前はミーティアの学生だよな?」

「ええ、その通りですが…」

「ウチの娘を今度ミーティアの学園に入学させるんだが、冒険者として登録した状態で入学させるからそれなりに便宜を図ってくれないか?」

「もちろんです!

 お嬢様は、私クチダーケ・オドースが責任を持ってお助けします!」

「ちょっと! パパ!」

「お前も少し令嬢としてのマナーを学んで欲しいのでな」


 身内からの反発をいなしたユーリスは、マナが魔術都市にいる間の後ろ楯を格安で手に入れた。

 なお今件で最も得をしたのはクチダーケ公子であると追記しておく。

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