第69話 国境の街ルネイの食堂

 ファーラシア王家と繋がりのある何人かの商人に、無事と今後の予定を伝えて回っていたレンターは、最後の1人を前に昼時となったので護衛をしている勇者を誘って昼食を取ることにした。

 入ったのは表通りにある広い間取りの店。


「好きな物を注文してくださいね。

 持っているのはユーリスさんから借り受けているお金ですが…」


 戦場のゴタゴタで逃亡資金のなかった王子と勇者達は結構な額をユーリスから借り受けていた。

 それに加えて街で泊まる時は常に最高級の宿。

 馬車の手配までしているのに一向に尽きる気配がないユーリスの資金は、レンターをして首を傾げるものがあった。

 …逃亡中の身としては心強いのも事実だったが。


「旨そうな食事が多いな。

 サンドイッチ系を攻めるか」

「僕はパスタかな」

「このレーミアのサンドイッチって鶏肉だよな。

 チキンサンドかな?」


 賑やかにあれこれと話し合う3人を穏やかに見ている杉田。

 その様子に違和感を感じたレンターは、


「リョウはどうしますか?」


 と水を向ける。


「俺はこのままレンターの護衛を続けるよ」

「え?」


 何を食べるかと訊いたつもりのレンターが戸惑う。


「リョウは付いてこないんじゃないかなって思ったけどな?」

「皆一緒だね」

「改めてよろしくな!」

「何だよ?

 皆レンターに付いていく気だったのか?」


 固まってるレンターをそっちのけで同意する勇者達。


「師匠が言ってたじゃないか?

 どんな立場になったって人を殺す羽目になるかもしれないって」

「脅しだと思っていたけどね」


 苦笑する御影と大池。

 頷いている中野も同意見らしい。


「けど師匠がそんな親切かなって思ったんだ」

「あ!」


 大池が続けた言葉にハッとした表情を浮かべる杉田。

 この時点でユーリスの評価の酷さが見えてくるが自業自得だろう。


「脅してまで俺らを助けようなんて親切心は逆立ちしても出てこない」

「……確かに」


 レンターですら納得する定評の悪さがそこにあった。


「今回レンターが商人達に会いに行くのに全員で行けって言ったのも軍事行動のために商人との顔合わせだと思うぜ?

 師匠のことだし、口では好きにしろって言うけどそれとなく誘導してくるに決まってる」

「むしろ誘導込みで好きにしろって言ってそう!」

「「「それだ!」」」


 大池の言葉により勇者の意見が1つになった。


「あの人本当に貴族になっちゃいそうだし、その時に俺らが山賊とかやってたら、間違いなく確実に殺しに来ると思う」

「やるな。絶対」

「…そうですね。

 私が王位を継いだらですけど、ユーリスさんを東方一帯を纏める辺境伯に任命します」

「マジかよ!」

「マジです。

 ファーラシア東部は様々な魔物の領域に分断されて小貴族が細々と領地を運営し、それをベイス侯爵が纏めてきました」


 東部貴族は殆どが男爵でそれも王都の法衣と同程度の資産の者が多かった。

 そのため、何かしらのトラブルのたびにベイス侯爵家が支援してきたのだ。

 それにより他の高位貴族よりも清貧を強いられてきたベイス侯爵家を救済するために侯爵の妹が側室として嫁ぎ、仕送りと言う名目の金銭を送らせることで王家がベイス侯爵家を支援していた。

 まさかその子供が野心に取り憑かれて暴れるとは思わず、


「今回ベイス侯爵が行動を起こしたのもその不安が原因でしょう。

 兄の暴走を放置すれば侯爵家が更に困窮する。

 けれど私が王位を継いだ後も今まで通りの支援があるか? っと」

「そんで今回レンターの暗殺を企てて更に自分達を追い込んだ…。

 本末転倒じゃないか?」

「そうですね。

 これまでの功績と今回の件を相殺してもベイス侯爵家は爵位を落として、転封とするしかないでしょう」

「転封って?」

「領地替えですよ。

 その後にユーリスさんを東部に入れます」

「師匠なら領域解放も余裕だろうけど…」

「どうしたんだよ? ミチヤ」


 レンターの構想に暗い表情になるのは大池。

 その様子に不信を覚えた中野が問う。他の勇者も困惑していた。


「領域進行の荷物持ちとか領地開発の物資輸送とかで絶対こき使われそうな気が…」

「……」

「何か言ってよ!」

「…ごめん」

「「「「ちょぉぉぉ!」」」」


 その現場を想像出来たレンターが素直に謝り、店内に勇者の絶叫が響いた。

 レンターは勇者を四方の王都近郊の男爵に叙して、近衛隊長兼領地貴族にする方針を発表するのを控えた。

 東部に配される誰かが可哀想だから…。


「……私の取り越し苦労なら良いのですけど?」

「更に何かあるのか?」

「結局東部があのように持ち出しばかりの土地だから野心的なアガーム王国も侵攻を止めたんです。

 ユーリスさんが辺境伯になって土地を解放している時に横やりを入れたりしないと良いんですけど…」

「…師匠、激怒してアガーム王国を滅ぼすんじゃねえ?」

「……ですよね」

「良いのかよ! 放っておいて!」

「しょうがないでしょ!

 アガーム王国に攻めないでって言って聞いてくれるとも思えませんし!

 ユーリスさんを止めるとかもっと無理ですよ!

 皆が命懸けで止めてくれます?!」

「「「「無理」」」」

「ですよね。

 嫌な予感しかしない。

 その時はユーリスさんをファーラシアの守護竜とか言って、祭り上げてやる!」


 奇しくも同日同刻、竜王と次期国王が同じ考えを張り巡らせていた。

 これが中堅国家ファーラシアが大陸有数の大国となる契機。

 中興の祖レンター・ファーラシアと守護竜ゼファートの契約の語られざる序幕である。

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