第62話 陣地からの逃亡

 昨日、多めにシチューを盛ってくれたおっちゃんの槍を盾で逸らし、剣を向けられずに盾で押し倒して離す。

 朝、クッキーを分けてくれた兄ちゃんの剣を叩き落とす。


「ちくしょう。

 やっぱ殺せねえ!」


 同じように相手の剣を弾いて対応しているリョウが叫ぶ。

 他の皆もギクシャクとした動きで一向に突破口が開けない。


「はあ!」


 唯一レンターの剣が敵兵を斬っているが、レベルが低い王子は倒せる兵士もわずか。

 俺達はレベルによる身体能力の高さで相手の兵士達を寄せ付けないが命を奪えない心が邪魔をして手加減をしてしまう。


「ここに師匠がいたらな!」

「コイツら俺達が人を殺せないと思って、全然包囲を広げない!」

「ヤバいな。このまま疲れたり魔力が切れたらおしまいだ!」

「頑張って何とか包囲の突破を!」

「そんなこと言ってもこんだけ経っても来ないんだから近衛隊も全滅だろ!」

「それは…」

「喧嘩してないで!

 森に入ろう!

 北側の方は少し手薄だ!」

「そうだ!

 北側はベイス侯爵軍の陣地!

 侯爵が倒れている以上士気が下がっているはずです!」


 遅いぜ、そう言う情報が早く分かっていたら!


「行くぞ!」


 少しだけ勢いがついた。

 何とかなりそうだ。


「どうせ殺せないならこん棒くらい用意しとけば良かった!」

「同じ人型でもゴブリンとかなら倒せるんだけどね!」

「元日本の中学生には厳しい話だよ」


 徐々に北側の森へ進みつつ、互いに愚痴を言い合い。

 押して押されてを繰り返しながらも、残り数メートル。


「今だ!

 森へ入るぞ!」

「「おう」」

「レンター、行くぞ!」


 リョウが叫びつつ森へ向かうので俺もレンターの腕を引っ張って森へ。

 …って、


「行かせんぞ!」

「リョウ!」


 兵士の一人が森の前に立ち…。


「邪魔をするな!」


 リョウが払う剣で脇腹深くを切り裂かれる!


「ガフッ!」

「ああぁぁ!」

「バカ野郎!

 今は逃げるんだよ!」


 叫んで剣を落としそうなリョウを後ろにいたシンジが引っ張り森へ駆け込む。

 そのまま奥の茂みに隠れ込んだ。


「ひとまずこれで少し猶予ができるか?」

「ええ、このまま北を目指します。

 西へ向かえば森の途切れるところで待ち伏せされるでしょう。

 北のミーティア魔術学園に身を置いて王都に伝令を飛ばします」

「ミーティア魔術学園?」

「古の賢者ミーティアの名を冠する学術都市です。

 北東のロンガイヤ小国連合の玄関口の都市でもあるので、比較的入国も容易です」

「何で他の国まで行くんです?

 王子様なんだからこの国の貴族に頼れば…」

「いたぞ!

 こっちだ!」


 ミチヤの問い掛けは追い掛けてきた兵士のせいで答えを聞けなかった。

 シールドバッシュで追い払いつつ、


「行くぞ!」

「ああ、ウップ!」


 口を手で抑えながらチマチマ進むリョウを先に進ませる。

 しょうがないよな。チクショウ!

 更に先の木の影に身を隠しながら呼ぶレンターの元に向かう。


「どの貴族が味方をしてくれるか分かりませんし、何より身の証明ができません。

 ミーティアの学園には姉がいますので」

「なるほど。

 じゃあ頑張って逃げるとするか!」

「ああ」

「…元気出せとは言わねえけど、落ち込むのは安全な場所に逃げ込んでからにしろよ」

「分かっている。すまねえ…」

「……行こう」


 重い足取りでゆっくり森を進む。

 現実は誰も救っちゃくれない。

 今初めて師匠の言ってることに実感を持った。

 その日は飯も食えずに夜通し歩く羽目になった。




 逃げて逃げて2日くらいが過ぎた時に絶望を知ることになった。

 やっと見えた森の出口。その先に駐屯している兵士達が見えたから…。


「あれは?」

「まずいな。あの旗、ベイス侯爵軍のようです」

「何でここに!」

「……森をさ迷っている間に西に誘導されたかもしれません」

「マジかよ…」


 リョウが座り込む。

 干し肉を口に入れては吐きそうになりながら、それでも何とか飲み込んでいたんだ。

 体力の限界だろう。

 シンジもミチヤも木にもたれて立とうとしない。

 そう言う俺も力が抜けて…。


「ちょっと休憩したら改めて北へ向かいましょう。

 ここから北に向かえば主の領域に引っ掛かるので北西に迂回しながら…」


 そう言ってレンターも座り込む。


「すみません、ガイヤ。

 少しあちらの様子をみていてくれませんか?」

「ああ、あれ?」

「「「どうした!」」」

「敵に動きが?!」

「…ガイヤ?」


 皆一斉に立ち上がって武器を構える。

 何度も魔物や兵士に追われていたからか、すぐに戦闘態勢になれるよな。…もう完全な軍人だぜ。

 けど今回は…。


「すまん。

 向こうの陣地が騒がしくて…」

「「「え?」」」

「まさか気付かれた!」

「違うと思うぞ」


 レンターが慌てるが俺はそれを否定する。

 それなら今まで散々助けてくれた危険感知が反応しないわけがない。

 でかい熊に襲われそうになった時も兵士が近くを通り過ぎた時も反応したんだ。

 けど今は何も反応が…。


「グハァ!」

「助けて!」


 陣地の方から響くのは断絶間の叫び声。

 おいおい何の騒ぎだ!


「強力な魔物でも出たのでしょうか?」

「かも知れねえ。

 どうする?」

「…様子をみましょう。

 西に抜けられるならその方がありがたいので」

「分かった」


 息を潜めてじっと待つことにした俺達は巨大なドラゴンの姿をみたのだった。


「…ドラゴンじゃん」


 思わず呟いてしまった。

 声を潜めないといけないのに!

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