第32話 休養日

 あれから2度に渡る誘魔香誘導でレベルを18くらいまで上げた勇者達と共に侯爵邸に帰還。

 侯爵家の騎士団に預けられるようにロッド翁に依頼し、現国王が予想より消耗していると言う情報を得た俺達は1日の休養日を設けて、すぐに戻る手配を整える。

 ロッド翁曰く、第2王子付きにしてから王宮の騎士団で経験を積ませれば良いので、レベルアップを優先して欲しいとのことだった。

 おそらく国王が弱った影響で、第1王子派が動きを活発化させることを危惧したのだろう。

 そんな状況下での貴重な休みとなった今日。

 勇者は魔術師ギルドで自分達向きの魔術を教わりに。

 優香はキッチンを借りて保存食の改良に勤しむと言うし、ガンツは自分の店に戻ると言うので、俺はまなと2人で道具の買い出しを兼ねた散策に出掛けた。

 まずは、大通りの屋台でジャンクなおやつを買い漁り食べ比べる。


「あれも美味しそう!」


 肉の串焼きを食べ終えたまなが、駆けていった先にあったのは小麦粉の薄い生地で木苺のジャムを乗せたクレープ。


「よし買おう」

「まいど!」


 俺が黄色いジャム、まなが赤いジャムのものを購入して食べ比べる。

 赤も酸味が効いて旨いが、俺は黄色が好みかな。


「何をしてるんですか?」


 そんな感じで歩いていた俺達を後ろから呼び止めたのは、


「ベック?

 お前どうしたの?」

「それはこっちの台詞です。

 あなた方、自分達がこの国の王子に喧嘩売った自覚あります?

 こんな堂々と…」

「そんなことか。

 あれはまだ当分立ち直らんよ。

 数日くらいは安全じゃないか?」

「だからって…」

「気にするな。

 それより急ぎか?」

「そこまでは…」

「俺達も付いていきたい。

 案内してくれる者がいないと今一詳しい街の情報が手に入らない」

「良いですけど馬の買い付けですから、王都の情報と言うのは手に入りませんよ?」

「かまわない」

「私も馬見たい」


 まなも賛同したのでベックに付いて行く。

 王都の情報と言う話を聞いていたからか、道すがらあの店は値打ちなランチがあるだとか。

 旨い肉料理ならあそこだっと言う具合に説明してくれる。

 やはり、付いていって正解だった。そんな最中、


「…羨ましいですね」


 門番に身分証を見せて、街の外へ出たタイミングでベックが小さく呟いた。


「どうした?」

「いえ、私は娘と散策なんてしたこともないなっと思いましてね。

 今までは必死に働くだけで十分家族のために頑張ってると思ってました。

 休日は寝ているだけの生活で、けれどユーリス殿を見ていて、たまには一緒に出掛けても良いかもっと…」

「そうか。

 いきなり休日に出掛けるのは向こうも戸惑うだろう?

 早く帰って夕食を一緒に外で食べるのから始めるべきだと思うぞ?」

「そうですね。

 明日は早く帰れるのでやってみます」


 穏やかに笑うベック。


「それが良い。

 お前の子供は幾つだ?」

「え?」

「子供の年齢によっては家族と外食とか嫌がるだろうに?」

「いえ、お恥ずかしながらそう訊かれるまで気にも止めていなかったのです。

 …10は超えていなかったと思うのですが」


 そう言って肩を落とす姿は、定年間際のくたびれたサラリーマンのそれだった。


「お前はまだやり直せるだろう。

 素直に謝って許してもらえ。

 仕事に忙殺されて、お前達の歳さえ忘れていたと。

 間違ってもお前達のために頑張っていたとは言うなよ?

 これはお前の能力不足が招いた事態だ」


 念のために釘を刺しておく。

 人は本当に謝罪するのが苦手な生き物だ。

 謝罪のつもりで相手に責任を転嫁するもののなんと多いことか。


「そうしてみます」


 耳に痛い忠告を素直に受け入れられるだけ、日本で見てきた駄目な連中よりマシなんだが、能力がはっきり数値化されるこの世界では、正直これ以上に職を上げるのは難しいだろう。

 この世界は日本より効率的な分、…残酷だ。


「そうだな。

 お前のところの子供がまなに近い歳なら少し遊び相手になってもらえると助かる。

 まなも良いだろ?」

「うん。友達が出来るの楽しみ!」


 ベックに助け船を出すとまながそれに続いてくれる。

 うちの子は本当に良い子だ。


「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げたベックが再び歩きだし、しばらく進んだところで指を指した。


「あれが牧場です」

「お馬さんがいっぱい!」

「あ、ちょっと!

 良いんですか?

 この辺でも魔物は出るんですよ?」


 ベックが示した先にいた大量の馬に興奮して、大喜びで駆けていくまな。

 ベックは制止を掛けようとしたが間に合わず、俺に問い掛けてくる。


「馬が放牧されているってことはこの辺に現れるのなんて、一般人でも十分対抗できるレベルだろ?

 うちの子、既にオーガくらいなら一対一で戦えそうな戦闘力になってるぞ?」

「そんなバカな…」


 ああ、そう言って自分の常識を守りたいよね。

 けど残念ながら教会で聖女の職業を得て、レベル22に上がったあの子は、後衛ステータスが40以上、前衛ステータスが30前後で、距離が空いていれば勇者を封殺できる。


「この辺りにはグレイハウンドって、ゴブリンより厄介な魔物もいるんですが…。言う必要もないんでしょうね」

「余裕だろうな」


 名前から犬の魔物、素早さと攻撃力に特化した浪漫型ステータスだろうが、レベル差がありすぎる。

 脚力と腕力が25以上あってもまなに届かない。


「魔術なしで勝てるんじゃないか?」

「…そうですか。

 私はこれから牧場主と交渉してきますのでこれで…」

「ああ、ありがとう。少し散策したら帰るよ」


 奥に見える家に向かうベックを見送った俺は、先程から気になっていた一頭に目を向ける。

 黒い小柄な馬に見えるが…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前 なし 性別 女

種族 馬(擬装:バイコーン)

レベル 2

能力

 生命力 60/60

 魔力  20/28

 腕力  28

 知力  20

 体力  61

 志力  38

 脚力  77

スキル

 才能 疾風(1)

 技能 偽装(3)

    風魔術(1)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「普通に魔物が混じってる」

「ええ! 良いの?」


 擬装しているバイコーンをみて呟くといつの間にか戻ってきていたまなが驚く。


「大きな声を出さない。牧場の連中に聞かれると厄介だ」

「いや、普通は私に気付かれることを警戒しないか」


 まなへの注意を聞いていたバイコーンが突っ込みを入れてくる。


「別にお前が何処でどうしてようと俺に関係ないだろう?

 何で気にする必要がある」

「変な奴ね。

 魔物がこんな近くにいるのに騒がないのか?」

「どうでも良い。

 ここが俺の管理する牧場でお前が無断で居候しているなら追い出すけど?」

「人間とはそう言う生き物なのか?」

「多分、パパは少数派だよ?

 基準に考えると大変だと思うな…」

「娘にそう言う思われ方していたのがショックだ」

「…そうか」

「まあそう言うことで、気にせずに」

「正気か?!

 普通、何で魔物がここにいるとか気になるだろ!」

「……別に?」

「…不思議だなぁくらいは思うけど」


 馬からの突っ込みに父娘で首を傾げていた。


「良いから気にしてよ!

 私もこの境遇から抜け出したいの!」

「…まあ良いか。

 何があった?」

「…何か釈然としないけど、私が住んでいた森の奥にリッチが住み着いたの」

「アンデッドの?」

「ええ。アイツは森の魔物達をアンデッドに変えて兵力を蓄えてる。

 私は森から逃げて、奴の目的方向とは逆方向のここに辿り着いた」

「それで野生の馬のふりしてここでただ飯をタカってると…」

「しょうがないでしょ!

 平原だとすぐに魔物が逃げちゃうんだから!」

「お前肉食かよ!

 ここの馬まで…」

「食べてないわよ!

 私は草か魔物しか食べないわ。

 厳密にはそれらの体を経由で魔力を食べているの!」

「そうか。

 で、お前はどうしてほしいんだ?」

「養って!」

「おい」

「良いでしょ?

 毎日少しの魔力をくれれば良いから。

 それにただとは言わない。

 あなた達の騎馬になるわ!」


 …どうするか。


「私の魔力をあげるから私の馬になるってどう?」


 と悩んでいたら娘が暴走していた。


「クンクン。

 こっちの男の人の方が美味しそうな魔力だけど、あなたのでも十分ね!

 よろしくお願い」

「こっちこそ」

「いや、お前を引き取る交渉するのは俺だけど?」

「「よろしく!」」

「だと思ったよ!」


 娘と馬モドキに見送られた俺はベックの入っていった建物に向かい、銀貨10枚で片付けた。

 ……悪徳地上げ屋?

 失礼な。

 近くの街道をさ迷っていた馬を誘拐した牧場主にも、探られたくない腹があっただけだ。

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