第29話 レベリング1

 辺りを甘い香りが漂い。

 天井から床までが赤く染まる空間が出来上がっている。

 カルトの秘密儀式にも似た空間の中心では1人の男が凶刃を振るっていた。

 まあ凶刃を振るっているのは俺なんだが…。

 6層の袋小路を占拠した俺達は、誘魔香と呼ばれるお香を焚き、それに引き寄せられてやってくるモンスターを殺戮し続けていた。

 30分程度で効果の消える誘魔香が先ほど燃え尽きたので、このゴブリンナイトが最後の獲物だろう。


「……よし。

 片付いたな」

「お疲れ様」

「おう」


 先ほどまでグッタリしていたまなも無事に魔力が回復したらしい。


「…しかしこの方法は下の階層じゃ無理だな」

「物量に押しきられるわね」


 俺に返答をしたのは、優香。

 戦った中では彼女が一番余裕がある。


「そもそもゴブリンの上位種の出る階層でやることではないだろうに。

 コイツは罠に魔物を引き寄せるのに使う道具だぞ?」

「だが、お陰で目標の半分まで来た」

「その目標がへばっておるぞ?」


 ガンツの呆れにレベリング対象である勇者達を見れば、一概に壁を背にして休憩中。


「たった10分戦っただけで情けない。

 コイツら状況次第じゃ、これが数日続く戦場に追い込まれるかもしれないのだが?」

「無茶言うな…」


 いつも元気な杉田も声に張りがない。


「安心しろ。ここで戦ったのはゴブリン上位種だから、ベテラン兵士に匹敵するが実際の戦場で相手にするのは、これより少し弱いのが大半だ」

「安心出来ないんだけど」

「まあ、初めてにしては上出来だろう。

 後衛を守りつつよく耐えた方だ」


 戦った時間は10分とは言え本来守られる側だった中学生が守る側になって、戦ったのだから褒めるべきだろう。


「…それでコイツらのレベルは?」

「杉田13、中野13、御影12、大池13」

「何で同じだけ戦ったのにレベル差が?」

「どうやらレベルアップはステータスが高いほどしにくくなる。

 俺なんて未だに2のままだ」

「と言うことは御影が素養が一番高いんだな」

「そうなる。ただ勇者は優遇職ってのは間違いないな。まなは既にレベル21まで上がった」


 ただ、20を超えてからの上昇が極端に遅い。

 杉田達がレベル8で20に到達したのにそこから21に上がるのにここまで掛かった。

 ステータスの伸びにも個性があるのかもしれないな。


「さてと。アイテムの回収するから手伝え!」

「マジかよ…」


 項垂れる勇者のケツを叩いて急がせる。




 あらかた片付いたところで次の方針に移る。

 それは…。


「さてこれから10層のフロアボスを目指す訳だが。

 ……今日はここで1泊だな」

「おいぃぃ!

 こんな殺戮現場で泊まるのかよ! 呪われそうじゃねえか!」

「それに10層のフロアボスには挑まないって言ってたませんでした?」

「挑まないぞ? だが、敵が強い方がレベルが上がりやすい。

 なら9層に行くべきだ」

「確か『鬼の祠』は7層からオークが出始め、8層に行くとそれがメインで、オーガもたまに出る感じと聞くな。

 9層まで行くとほぼオーガのはずだ」

「さすがに9層で野営は無理だな。6層で野営して、9層に降りて戻るを繰り返すか?」

「どうだろうな?

 ここで誘魔香で誘い込む方が効率は良いのではないか?

 ダンジョンは下に行く程広くなる。魔物に会う効率は下がるぞ?」

「…そうか」

「じゃあ明日7層で戦ってみて、オークが強敵でないなら、7層で同じことをするのはどう?」


 オークはオーガより弱いんでしょ? と続けたのはうちの嫁。

 勇者は青い顔になってるが俺とガンツは互いに頷いた。


「さてと儂は携帯炉台で、パンと干し肉を炙っておく。

 寝袋の用意を頼むぞ?」

「ああ。見張りはどうする?」

「大人3人で分かれて、勇者は明け方に2人で良いだろう。

 一番最初は優香殿に頼めるか?」

「じゃあ、俺が2番手をやろう。優香の時とガンツの時に2人ずつ付けようか?」

「良いのか?

 一番負担が大きいぞ?」

「大丈夫だ。消耗する人間は少ない方が良いだろう?」

「戦闘をしていない儂がやろうかと思うが?」

「いや、勇者の負担が大き過ぎる」

「しかし、やっておくにこしたことはないだろう?」

「レベルが20に上がったらな」

「なるほどな」

「少し待ってくれよ! この状態で睡眠時間も削るのかよ!」


 俺とガンツで不眠番の順番を決めていると御影が文句を言うが、


「アホか。

 敗戦に巻き込まれたら徹夜も十分有り得るからな。

 まともに飯が食えて、まともに寝れる今はイージーモードだ」

「……」


 改めて自分達の立場に気付いたらしい。

 肩を落とす4人を放置して、ガンツが焼く肉の匂いが漂っていた。

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