第30話 レベリング2
オークと言う魔物の名を聞いて浮かぶイメージと言えば豚の頭に脂肪に包まれた体の大男ってところだ。
俺もそう思っていた。
……目の前に実物が現れるまでは。
「グルゥゥゥ!」
と威嚇の声を上げるのは、猪の頭にムキムキの筋肉質なボディの巨体。
例えるなら、タイガーマスクのマスクが猪になってる番って感じだろう。
まあこのイノシシマスク達は全身毛皮に覆われていて、身に付けているのは腰蓑のみ。
長柄の斧を両手で持って向かってくる様は驚異なのだろうが、多分猪のままの方が強かったんじゃないか?
と疑問を感じるのだった。
それに対して一刀両断で始末する。
「……うむ。
手応えは同じだな」
「お前さんが相手じゃ全部一緒だろうが!」
ガンツが後方から文句を飛ばしてくる。
言ってることは分かるが、さすがに始めての敵を子供に任すのは間違ってるだろう。
それにフォローは出来る。
「今斬り伏せたオークのステータスは生命力78、腕力37、体力48で脚力33。
正直、勇者より強い。
と言うか、フロアボスのオーガより上じゃねえか?」
「おいぃぃ!」
「もしかして5層のフロアボスって、イベントモンスター扱いで弱いオーガなんじゃない?」
「マジでそれがありそうだな?」
まなのゲーム脳な発言に俺も同意を返す。
この世界だと本当にそう言うことがありそうだ。
それに先ほどガンツが言っていた『ある種の試練』だと。
「…フロアボスのオーガはここの6層でやっていける奴を選別しているのかもしれないな。
6層のゴブリン上位種がステータス20後半。集団であることを考慮すると、オーガにギリギリ勝てる奴はお呼びじゃないんだろう。
多分、そう言う奴は他のダンジョンに行くか、4層までで鍛え直して来るかのどちらかになる。
まるでダンジョンに試されてるようで気に入らない」
「祐介は一切合切無視してるじゃない。
誘引剤で誘き寄せての殲滅とか、絶対ダンジョンから見たら嫌な客よ?」
「…かもしれないな。気を付けよう。
ひとまず、10程オークを狩ってレベルの上がり具合が悪ければ、6層に戻る」
「そうだな。勇者対オークがギリギリでの戦いになるなら、レベル上げ効率は悪いだろう」
「ああ、ただ同格の相手に勝つ訓練は重要だから、これからはオークとタイマンしてもらう」
「嘘だろぉぉ!」
「前から言ってるが、ゲームじゃないんだから同格以上と戦う可能性は常にある。
今は運良く同格と分かった上で戦えるチャンスだ。
文句を言う前に感謝しろ!」
「…生き残れるのか?
コイツらは」
絶叫する勇者に怒鳴り返しているとガンツが心底心配だと言う感じで口を開く。
「どうだろうな。
良くも悪くも平和ボケしている。
当面の間、面倒をみないとダメかもな」
「平和ボケに良い物はないだろうに…。
頼むぞ?
ボーク候が失脚すると儂にも支障が出るのだから」
ため息を付く俺の肩を叩くガンツにイラッと来たが、現実問題として俺達の方がガンツ以上に不利益を被るのだからしょうがない。
そんな会話をしながら進むと、開けた場所に辿り着いた。
「…ここが噂の大裂孔か」
「ダイレツコウ?」
ガンツの言葉に首を傾げて聞き返す勇者組。
ロランドの奴はその存在を教えなかったと見える。
「俺もこの間、聞いたばかりだがかなり下の階層まで通じている縦穴だそうだ」
「そんなものがあるんだな。…これを使ってトロルを回避しても良いんじゃないか?」
「そう言う奴はすぐに死ぬだろうな」
「え?」
「傾向を予想できるだろう?
4層にゴブリンでオーガを挟んで6層はゴブリンの上位種。
なら11層はオーガかオークの上位種が出る可能性が高い。
そんなところに数体のトロルに勝てない奴が降りて無事だと思うか?」
「…無理ですね。
ゴブリンでみても上位と通常種では数倍の戦闘力差がありました。
11層もそうなる可能性が高いと思います」
「そうだな。
だが付け加えて言うなら、ゴブリンよりオーガの方が能力差は大きいと思うがな」
「何でですか?」
「この世界ではステータスが高いほどレベルアップに時間が掛かり、レベルアップ時のステータス上昇量が多い。
モンスター達にもレベルの概念がある以上、同じ基本則で生きている可能性が高い。
それらを加味すれば、基本ステータスが高いモンスター程レベルアップの恩恵が大きいのは間違いないだろう。
あくまでも推測だがな」
「結局、おっちゃんは地道に攻略して行くのが正解って言いたいのか?」
「ダンジョン攻略に正解なんてないだろう?
自己責任で好きな道を選べば良い」
過信して死ぬのも自由だし、慎重になり過ぎて困窮するのも自由。
…自分の能力を直視する心構えと徐々に先へ進む向上心を維持するバランス感覚がある奴だけが、高位の冒険者になれるのだろう。
おや?
「どうしたの?」
「ああ、あそこの岩陰に人がいる…」
一点を注視し始めた俺を気にしたまなに返事をする。
大裂孔の向こう側に見える岩を指差して。
「ゴブリンの見間違いじゃないの?」
「いや、大裂孔の周辺にはモンスターは近寄らん。冒険者を追って入ってくることはあるが、直ぐに戻っていくそうだ」
「…嫌な話だな。
とは言えどうするかだな?
ここに避難している遭難者なら助けないのは夢見が悪い。
だが、ここに拠点を置いた連中を襲撃する野盗紛いなら近付きたくない」
ガンツの話から連想するのは、この大裂孔が上位モンスターの張った落とし穴の可能性があると言う可能性。
「…前者だろうな。
滅多に冒険者が訪れないこのダンジョンで野盗等うまく行かん。
他ではたまに見るらしいがな」
俺が勇者に出した宿題を速攻で片付けられた。
「ガンツ、直ぐに答えを言うな。
これでは勇者組が成長しない」
「おお? すまん…。
まさかお前がそんなことを考えておるとは…」
「まあ良い。
ガンツが連中の正体をバラしたが、お前達は彼らにどう対処する?」
「え?」
「どういうこと?」
「1つ目、このまま放置。
2つ目、救援や援助。
3つ目、殺戮と強奪。
取り得る選択肢は主にこの3つのどれかだな?」
「あえて3つ目に殺戮と強奪を入れてくるおっちゃんが超こえぇぇよ!
ここは助けに行くべきだろうが!」
「はい外れ」
文句を言ってくる杉田にノーを突き付ける。
「何でだよ!」
「向こうから助けを求められた訳でもないのに助ければ、それがいざこざに発展するぞ?
こっちが助けたことを勝手にやったことだと開き直って、厚かましい要求をしてくるかもしれない。
挙げ句にこっちを加害者のように吹聴する可能性すらある。
そこが日本人のダメなところだ」
「困っている人は助けてあげましょうって学校で習うけど…」
「そいつがどれだけ困っているか分からないだろうが、自分はこう言う風に困っています助けてくださいって言われたら、始めて助けるかを考えるんだ。
俺が出した問題は引っかけだぞ?
基本は放置か強奪の2択だ。
自主的に助けるなんてアホなことは考えるな」
「…人助けをアホ呼ばわり」
学校でこう言うことを教えられたら迷惑だ。
日本人は本当に無責任な民族だよな。むやみに人を助けて自己満足に浸るのは勝手だが、助けられた人間がそれを当然と考えたら、将来に渡って被害を受ける。
オレオレ詐欺とかがなくならないのも、そういう人間がいるからだ。
身内が悪事を働いたら、責任持って償わせてやるのが年長者の務めだろうが!
何で率先して隠そうとするんだ?
そんなだからつけ込まれるのだろうが!
「さて行くぞ」
「待ってくれ!
助けてくれないか?!」
良い教材に出会えたと思った俺は勇者のレベリングを再開しようとして、岩陰の人間から呼び止められた。
小声で誰も話すなよっと釘を刺し、岩陰に顔を向けた。
「どのように助けるのだ?
どういう代償を支払う?」
「え?」
「…じゃあな」
「それはないだろ?!
こっちは困っているんだぞ!」
「俺は困っていない」
「冒険者同士助けるのが当たり前だろうが!」
「沸いてるのか?」
そう言って嘲笑う。
「な!」
「滅多に人が訪れないこの場所で避難しているんだ。
なのに奇跡的に通りかかった人間に無条件で助けてもらえるなんて何を甘えたことを言ってる?
元々、死ぬはずだった運命だろうが、それともお前の命はただ同然の無価値な物か?」
「…助けてくれ。
今回の冒険で得た収入を全てやる」
「論外だ。
俺はお前達がどれほどの収入を得たのか知らないのだぞ?
それを担保にしてどうする」
この期に及んでまだ虫の良いことを言う辺り大した冒険者じゃないのだろう。
「…5人分の食料と傷薬を金貨1枚で譲ってくれ」
「最初からそう言う交渉をしろよ。それじゃあそっちまで回るから少し待て」
「…分かった」
「俺がちょいちょいと行ってくる。
少し待ってろ」
「…良いのか?」
ガンツも気付いているか。面倒だがこれも勇者への勉強だ。
「大丈夫だ。念のため警戒を頼むぞ?
優香もいつでも戦えるようにしておいてくれ。
ここが100パーセント安全とは言えないからな」
「壁を背にして待ってるわ。
ゴブリンに見られると来るかもしれないんでしょ?」
「…頼む」
…さてと子供勇者への教材だな。
何て思いつつ、大裂孔の脇を通って男の側に近付き、
「はん!
食らえや!」
と迫る短剣を腕と一緒に叩き落とす。
ギャーと大声で叫んで転げ回る男に冷たい視線を向けながら、
「さて、やっぱり勇者の教材になったか」
と呟いた。
それにしても、あちらに弓を射掛けるでもなく俺を人質にしようとしたところが、また無能だな。
「見ているか? 本当に助けを求める人間でもあわよくばとそこに利益を求めるこれが人と言うものだ。
こう言うのに自分から助けに行くなんて自滅行為をすれば、逆に殺されて身ぐるみ剥がされても文句は言えん」
「けど、おっちゃんが親切で助けていればこんなことには……」
「こう言う輩はな。
前回助けてくれただろって訳のわからない理屈で寄生してくる。
それでも良いなら助ければ良いが嫌なら関わるな。
さっきも言っただろう?
何事にも責任は生じるのだよ」
そう言って男の首をはねる。
「ここまで殺ったら残りも処分しておけ。
運悪く生きてここを出れる可能性も0じゃないからな」
「運悪く?」
「コイツらにとっては運が良く、俺達にとっては運が悪い」
奥には腹から血を流す少女と少年が横たわり、中年の男女が顔を恐怖で歪めていた。
「助け…」
「……」
…岩陰で助かった。勇者の目の前で同年代の子供に手を下すのは忍びない。
4人に速やかな処置を施して戻る。
「あの男はジーザスと言う。
低層探索をメインにしているそれなりに名の通った冒険者だった」
「どうだろうな?」
「どういうことだ?」
「途中で切られたロープがあった」
「下の魔物がやってこんようにだろう?」
「この大裂孔を登って来る魔物はまずいないだろ?
次の為に残しておけば良いはずのそれを切るのは、魔物じゃない何かが登ってきたら都合が悪いからだろうな」
「そうか…」
それなりレベルの冒険者を潰して利益を得ていたのだろうな。
実際、ジーザスのステータスは勇者より少し上程度だった。
あれではここより下では危険なだけだ。
おそらく囮を用意して低層にある鉱物などを手に入れて荒稼ぎをしていたのだろう。
「さてレベリングを始めるぞ。
お前達も油断すれば、ああなるからな」
「「「「うっす! 師匠!」」」」
「どうした?」
「「「「何でもありません!」」」」
…何故か、その日から勇者に師匠呼びされるようになったのだった。
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