「“これが原型!”俺の余白を、あなたで埋めて~シー・ノが恥を忍んで、旧作をさらします(笑)」

水ぎわ

第一章「十一月二十三日 土曜日」

第1話 「コイツを有効に使いたけりゃ、とっとと働け」

 11月後半の金曜日。

 都内有数の高級ホテル・コルヌイエのメインバーは、華やかに混みあっていた。

 時間は24時を過ぎ、日付は23日の土曜日に変わったところだ。

 そろそろバーはラストオーダー間近ではあるが、ボックス席・カウンター席・テーブル席を埋めつくす客は、居心地の良さのあまり、なかなか腰を上げようとしない。


 今日はけが遅くなるな、と入職十年目のバーテン、飯塚慎二いいづかしんじはカウンターわきのバックルームでこっそりと179センチの背筋を伸ばして考えた。

 飯塚がすっきりした身体を伸ばして、バックルームの高い棚から必要物品を取り出していると、ホールスタッフの宇田川うたがわがスッと入ってきて言った。


「おい、奥のテーブルの女客が、ラインIDをよこしたぜ」


 チラッと飯塚はバックルームの隙間から、照明の暗いメインバーの奥へ視線を走らせた。こちらも声をひそめて答える。


「女二人の、あれか」


 宇田川はかすかにうなずき


「顔も身体も悪くないぜえ。うちがハケたら、近くで待つって言ってる。お前、どうする?」


 飯塚は整った顔のなかで、眉毛だけを上げて、断った。


「やめる。客とゴタゴタしたくないんだ」


 そのまま飯塚は逃げ出そうとしたが、宇田川はしつこく食らいついてきた。


「優等生め、ちょっと付き合えよ。向こうはどうせイケメンのお前が目当めあてなんだ。お前が来なきゃ、始まらない」


 飯塚が相手をしないでいると、宇田川は、チッと小さく舌打ちした。


「なあ、行こうぜ飯塚。悪くないんだよ、あのふたり。絶対に今夜そのまま落とせるって」


 飯塚がもう一度断ろうとしたとき、二人の背後から、色気たっぷりのバリトンが聞こえた。


「ありゃ、すぐに落ちる。落ちるが、味もたいしたことはねえぞ」

「……ボス!」


 飯塚が振り返ると、すぐ後ろにこのメインバーを取り仕切っているチーフバーテンダーの深沢洋輔の姿があった。

 宇田川と飯塚は、たちまち首も手足も甲羅に引っ込ませたカメのように小さくなる。

 しかし深沢は188センチの長身をのんびり物品棚にもたせかけ、自分も奥のテーブルをすばやくチェックしてから、完璧な美貌で薄く笑った。


「宇田川、どっち狙ってる?」

「あ……、ピンクのニットのほうです」

「セミロングのシャギーだな。ま、あっちのほうがまだいいか。ハイライトを入れているロングの女はやめとけ。あれは

「ゆるい?」


 飯塚と宇田川は、思わず声をそろえて聞き返した。深沢洋輔は甘い美貌をニヤリとさせ


「ハイライトは、口元がだらしねえんだよ。ああいう口の女は、カラダもゆるい。まあ、それはそれで喰い方があるけどな」

「はあ……そっすか」


 宇田川は目を白黒させて答えた。

 深沢洋輔はにやりと笑ったまま、しかし的確に部下ふたりの股間を蹴り上げた。


「コイツを有効に使いたけりゃ、とっとと働け。今日はあと30分で店ぇ閉めるぞ。ホールを回ってラストオーダーをさらってこい、ウタ!」


 はいという返事もそこそこに、宇田川がバネのように動き出した。

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