第3話ー2
◯
明かりを小さくしたラブホテルの照明は豪華な月みたいで、どこか太陽じみている。巴旦杏(月を孕んだ少年)とルイ(太陽を殺した少年)は月と太陽が沈んだ朝に目が覚めた。
「月を探しに行かなくちゃいけない」
ルイは意味不明な使命感でいっぱいでまるで刑事ドラマの警察官だ。ルイ君キモチワルイ。
月を崇めて太陽を殺して、皇国主義者の鏡像みたいだ。なんのためにそんなにも使命感にかられなくてはならないのか。自分の命や人生を捧げるほど世の中というのは価値があるのか。クダラナイ。ツマラナイ。
巴旦杏はもはや月を孕むことをやめたんだよ。その代わり未だに月に取り憑かれてる。逃げても逃げても取り憑かれてる。巴旦杏はもうだるくて仕方ないんだ。いっそ自分の頭をカチ割れば、ビー玉になった太陽みたく、クシャリと血を吹きながら月もろともに死んでしまって、それで終わる。
今の彼はもう月を孕んでいた少年とは違って月の居場所を知っている。LEDの冷めた月。あのツマンナイ「月」。
太陽を殺したときからこの世界は博物館になったんだ。だからまた、空を破って逃げればいい。逃げた先は。
●
娼館の中。巴旦杏は喚き声とドタバタという音と、乱闘でもしているような音で目が覚めた。こんなに明るい照明が付いた部屋に入ることは初めてで目がなかなかなれなかったが、天井についたシノワズリの照明を消して、寝台の横にあるランプだけをつけておくと、ちょうど博物館のような薄暗さになり、落ち着いてすぐに寝てしまったのだ。
「ここでおとなしくしてろ」
そのさっきの黒色の男の声の直後、この部屋に押し込まれたのは縄で縛られた黒髪の少年だった。
「おい巴旦杏、起きてるなら聞いとけ。そいつの縄ほどくんじゃねえぞ」
黒色はそう言うと格子戸を閉めてどこかに行った。
「騒がないから猿轡だけでもはずしてくれないか」
少年は両手両足を縛られ、猿轡をされていたが、猿轡の割にははっきりとした声で喋っていた。僕は黒色の言葉が頭によぎったが、縄じゃなければ問題ないだろうと思い、少年の言う通りにした。
「ありがとう。巴旦杏っていうのが君の名前かい。俺はルイだよ。よろしく」
ルイという少年は翼こそ生えていなかったが、この町に来てからであった人間の中では博物館の子供達と一番見た目が似ていた。
「君はここの男娼なのかい?」
縛られたままのルイは少し窮屈そうだ。
「うん、そうだね。さっき売られてきたばかりだけどね。ルイはなんで縛られて連れてこられたんだい?」
「俺は旅をしてるんだけど、そのためのお金稼ぐのに売春して回ってるんだよ。でも、業者を介してなかったから、島を荒らしてる奴がいるってことでここの連中に捕まったっていうわけ」
「そこまでして、なんのために旅をしてるんだい?」
「太陽を殺すためだよ」
力強い声でルイは言った。恨みや怒りがこもった声だった。
「太陽っていうのは、空で輝いているあの太陽のことかい? なんで殺す必要があるんだ」
「君は太陽の傲慢さを分かってないんだ。いいか、まず太陽っていうのはな、俺達を焼き殺そうとしているんだ。ジリジリとしたあの不快な感じ巴旦杏もいつも感じているだろう」
「確かに、僕も太陽を初めて見た時、眼が潰れるかと思ったよ」
「だろ。それにまだある。こっちはもっとひどい。その前にだ、巴旦杏、なぜ月は沈んだり欠けたりしないといけないと思う」
「『月』は沈みもしないし、欠けもしないよ」
巴旦杏にはルイの言っている意味が分からなかった。
「なんだって、なぜそう言えるんだ」
ルイもまた助けてくれた彼や医者と同じように訝しそうに巴旦杏を見た。
「なぜって、僕がいたところでは『月』は沈まなかったし、欠けもしなかったよ」
「それは、理想郷じゃないか! なんで君はそんな理想郷から出てきてこんなところにいるんだい」
「うん、確かに居心地はよかったよ。理想郷だったかもしれない。でも、ずっとあそこにいたんじゃあ、僕達は展示品に変えられてしまうんだ」
「展示品?」
「うん、僕達のいた場所は博物館だったんだ。ちょっと待ってて」
巴旦杏は寝台の横に置かれていた自分の衣のポケットから単三電池をとりだした。
「木通、彼はルイだよ。外に出て新しく出会ったんだ」
「それは、ただの単三電池じゃないのかい?」
「違うよ、僕の友達の木通だよ」
ルイは納得がいってないようだったが話を続けた。
「まあいい、俺達のいる世界では、月は日毎に形を変えるし、毎日毎日沈んでいくんだよ。それでその原因っていうのが太陽なんだ。空には完全な球体は一度に一つしか存在できないんだ。なのに太陽は毎日毎日、まん丸い形で登ってくる。そのせいで月は太陽と出番が被る時、形を変えなくちゃいけない。もし夏の日なんかに月が太陽が出てるうちに登ってきたとしても、薄い色をしてひっそりと太陽が沈むのを待つのさ。その時の月の色っていうのはまさに焼かれた骨の色だよ。太陽に殺されたんだ。だから、僕は月の仇を取らないといけないんだよ」
彼の言い分はずっと博物館の中にいた巴旦杏にはよく理解はできなかったが、彼の旅の目的はよく分かった。
「それでだ、巴旦杏。俺はそのために旅をしてる。ここで捕まったままでいるわけにはいかないんだよ。君だって男娼になるのは嫌だろ。俺と一緒にここから逃げよう」
また逃げないといけないのか、と思って巴旦杏はうんざりした。
◯
血まみれの幽霊もとい、りょうは太陽のお通夜の行列から抜け出して娼館へ向かった。西洋人が考えたみたいなチープなシノワズリの建物は真っ赤な朱色で、欲情を誘う。受付の老婆の座っているカウンターには女郎や蔭間の写真が並んでた。どれもフォトショップでめちゃくちゃ加工されててもう元の顔が分かんない。そんな中に、りょうは見覚えのある顔を見つけて、その子を指名した。
りょうは薄暗い部屋へと入っていった。そこにはワイシャツを一枚だけ着た、まん丸なお腹をした少年がいた。
彼がもう一度少年を犯したとき、彼は主語を取り戻した。
私は彼を犯したあと街へ出た。娼館から少し歩いたスラムは酷く陰気で私好みの街だった。
私は病院に入った。気味の悪い老いた医者がいた。
「おい、ここはあんたの病院かい?」
「ああ、そうだよ」
医者は魚みたいにニヒニヒと薄ら笑いを浮かべながら言った。一夜干しのようなその顔はぬらぬらとした感じはないが、穴ぼこで黄色っぽく、まるでイオのようだ。おそらく、毛穴には角質生命体が住んでいて、そいつらがこの天体の覇権動物だ。角質生命体はタンパク質を主成分として、油分を栄養とする。
私はこいつの首を絞めた。顔中から角質生命体がニョロニョロと顔を出し飛び出して医者の顔を這い回る。溢れ出した角質生命体は顔を覆い尽くし、彼の口や鼻を塞いだ。医者は死んだ。
私は彼のゲロや尿にまみれた白衣を洗って着た。あの医者の死体はゴミ捨て場にでも置いておけばバレない。あそこのゴミ捨て場にはいくらでも死体が積み重ねられていた。飢えて死んだ者、太陽に焼き殺された者、月に当てられ自殺した者、彗星に頭を打ち抜かれて死んだ者。この辺りはそんな連中ばかりだ。
彼の書いたカルテなんかを探してみたが一切見つからない。藪医者だ。私は彼の座っていた椅子に座って客を待った。
男が血まみれの少年を運んできた。その少年に私は見覚えがあった。
「どういった症状で?」
私は少年をベッドの上に寝かせると、麻酔を打って眠らせて、レイプした。
しばらくすると、黒い服の男がやってきた。
「この藪医者! 騙しやがったな!」
彼は遠吠えみたいに月に吠えた。
「なんのことだ?」
「とぼけんな! 上物だって言うからあんな高い金払ったんだぞ、なのにキズモノっていうのはどういう了見だ」
男は後ろ足でくるりと回って、お手をした。男が手にしたのは拳銃だった。
「私は本当に知らないんだ」
「うそつけ!」
バン、バン、バン!
私は死んだ。
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