第3話


          3


 ●


私は薄暗い部屋の中にいた。私の目の前には黒々と艶々とした髪の毛の真っ白い顔の少年がいて、彼には少し大きすぎるように思われる白いワイシャツだけを(つまり他には何も身に着けずに)ボタンを全て開けて羽織っていた。彼のお腹は真ん丸に膨らんでいて、私にはまるで何かを身ごもっているように見えた。

「僕のお腹の中には月がいるんです」

 少年は大事そうに嬉しそうに、ニタニタとした少々気味の悪い笑顔を浮かべながら、その膨らんだお腹をさすって言った。

 私は彼をレイプした。か弱くか細い少年の腕は強引に掴むと、青白く儚い彼はいとも簡単に押さえつけることができた。抵抗するにも力の弱すぎた彼はなされるがままに、目には涙を浮かべつつ、痛みを噛み殺しながら、静かに犯された。

 侵されつくした後、彼は天井のどこか一点をじっと見つめて泣いていた。

 彼の股からは、赤黒い血がツーっと流れ出した。


          ☆


 金星が口の中に飛び込んで来た。ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー。



月を孕んだ少年/白い少年──巴旦杏

太陽を殺した少年/黒い少年──ルイ

幽霊──りょう

青年──涼月


           ☄


 巴旦杏の実は食いつくされた。


           ※


 病院の中には巴旦杏を運んでくれた彼よりももっと年老いた人間がいた。

「どういった症状で?」

 彼は嗄れ声で言った。まるで巴旦杏とは違う生き物の様だ。(実際違う生き物なのかもしれない)

「翼をもぎ取られた傷がふさがらないんです」

 医者は僕を運んでくれた彼と同じような訝し気な目をした。

「見せてみなさい」

 巴旦杏はまとっていた衣を脱いだ。医者は彼の肌を両手でゆっくりと触った。嫌な感触だった。

「真っ白な綺麗な肌をしているね」

 何か含意がありそうな声だ。

「ふむ、確かに翼でも生えていたかのような傷だね、うまいことできている。これは手術が必要かもしれないね。さあ、その寝台に寝転がりなさい」

 医者はそう言うと注射器を用意した。

「注射は少し痛いが、起きたら全てが終わってるよ」

 医者はニヤリと不気味に笑った。

 注射針が巴旦杏の肌を刺したすぐ後、彼は眠りに落ちた。


 起きると、そこはさっきの病院ではなかった。そこは朱色の壁に朱色の格子戸、金色の装飾とさっきのスラムとは似ても似つかない豪華な部屋で、巴旦杏はフカフカの寝台に裸で寝転がっていた。それに、なぜかお尻がひりひりと痛んだ。

「あの医者、あんな傷物寄こしやがって。何が白痴だから教育しやすいだ。ペニスどころかヴァギナさえないってどうなってんだ。背中に大きな傷もあるしよ」

 部屋の外で誰かの声がした。足音からしてこちらに近づいているらしい。

「まあでも、顔はいいし、ケツの穴はあるんだから売り物にならなくもないだろ。それにあの医者も、ナカはよかったって言ってたしな」

 格子戸がサッと開く音がした。

「おお、起きてたのか。この分だと今の会話も聞こえてたかな」

 医者をなじっていた声の方が言った。彼は黒色の着物を着ていて、医者に運んでくれた彼と同じぐらいの年頃に見えた。もう一人の着物は白色だ。

「聞こえてたなら大体の察しはついてるだろ。お前は男娼として売られたんだよ。お気の毒にな」

「男娼……」

「なんだ、男娼の意味が分かってないのか。まあまだ、十三、四じゃあ仕方ないか」

 巴旦杏が呟いたのを聞いて黒色が言った。

「あのな、男娼っていうのはな……」

 巴旦杏は嘔吐した。あの医者が彼に何をしたのか気づいてしまったからだ。博物館の地下室の春画で見たあのおぞましい行為を彼は無理やりされてしまったのだ。


           涼


 涼月は博物館の床に吐瀉物が落ちていることに気が付いた。

「これは……」

「ああ、お気になさらず」

 ロボットが答える。ロボットの声は銀色で、電気の通っていないようだった。

 機械の狂気を見分ける簡単な方法がある。それはとても簡単なのだが、あまりこの話とは関係がない。なので、ここで記述すべきことではないかもしれないが、後々関係してくる可能性もある。なのでやっぱりここで述べておこう。と思ったが、こんなにもったいぶって言うようなことでもないので、なんだかもう言いずらい。だからやっぱりやめとこうかな。でも、言うと言ってしまったからには言わないといけないわけで、というか今この語り手は誰なのかというと、その答えはもう少しばかり待っていただいて、その前に今までの語り手について説明しなければならないかもしれない。でもやっぱり、その前にロボットの狂気の見分け方を言わなきゃならない。ああ、メンドクセ。

 ロボットの狂気の見分け方とはつまり、こうだ。それはつまり、そもそも、ロボットが自分の意志で喋っていると考える段階でもうすでに、人間側の狂気なわけであって、ロボットが発狂するなんていう考え方自体狂気なんだけども、必ずしもそうは言えなくて、つまり、たまに最初に与えた命令以上のことをロボットがやってしまうことがある。これがつまり、ロボットの狂気なわけだけども、ここで大事なのはロボットには必ずコマンドを与えた人間がいるということ。もちろん、もしかすると、コマンドを与えたのは人間ではなくロボットかもしれないけど、そのロボットにコマンドを与えた人間がいるはずだ。もちろんもしかすると、ロボットにコマンドを与えたロボットにコマンドを与えたのもロボットかもしれないけど、ロボットにコマンドを与えたロボットにコマンドを与えたロボットにコマンドを与えた人間がいるはずだ。もちろんロボットにコマンドを与えたロボットにコマンドを与えたロボットにコマンドを与えた、てもういいか。つまり、いずれにせよ、最初のコマンドは人間が与えている。(最初からこうまとめとけばよかった)その最初のコマンドを与えた人間が予期しないよからぬ行動をロボットがとったとき、それはロボットの狂気とみなされる。つまり、結論はなんのことはないごくごく簡単なことで、ロボットの狂気の見分け方というのは、最初のコマンドを与えた人間に都合の悪いことをロボットがやり始めたらそれは狂気だというわけだ。ほら、こんなにもったいぶって言うような話じゃなかったでしょ。だから嫌だったんだよ。

 それで、語り手についてだよね。口調で分かると思うけど、さっき語り手は交代しました。今までの語り手はまず最初があの幽霊さんね。今はりょうさんだっけ。で、その次が、あのメチャクチャな狂気じみた語りをやってたのが神様ね。神様っていっても、作者を小説の中の神様だなんていうようなことを言ってるわけじゃないよ。神様は神様。言ってしまえばあれは、預言だったというわけで、そう考えると納得でしょ。ここで、詩的狂気の話をしてもいいんだけど、メンドイしいいよね。それで、問題は今の語り手だよね。だけど、それはまた後で分かってくるんじゃないかな、多分。知らんけど。

それで、吐瀉物のことだけど、この吐瀉物というのは誰のものなのか。青年は気になって仕方がない。前の節で巴旦杏が吐いたけれども、あれは娼館での話。博物館のゲロとは関係ないよね。それでは誰が吐いたのか。答えは簡単でこのゲロも博物館の展示物だということ。誰が吐いたとかそういうことじゃない。

それで、えーと、あー、それでが多いな、まあいいや。えーと、それでロボットの「先生」が涼月を案内していくわけさ。あー、最初ちょっと頑張ってまともな語りやろうとしてたけど、やっぱ人間そんな簡単に変わるわけないね。特に僕いい加減な性格してるから。いつのまにかテキトーな語りになっちゃったよ。今もこうやってどーでもいーことで字数使ってるし。あー、はいはい、ちゃんとやるやる。

「吐瀉物をそのままにしておくのは衛生上良くないのではないですか?」

青年、もとい涼月が言った。

「問題ありませんよ、それも展示物です。綺麗なものも汚いものも全て包み隠さず展示するというのがこの博物館のポリシーですから」

ロボットはそういうがやはり涼月は納得がいかない。

「それは大変よろしいことではあるけれども、少なくともショーケースに入れられるべきでしょう。ただ床に落ちているだけのものを『展示している』と言えるのでしょうか。ショーケースはこの吐瀉物でさえ、展示物に変えてしまう力があるかもしれない。だけども、今の状態ではただの吐き捨てられたゲロです。だから、この博物館にはなにもないと言わなくてはならないのです」

「と言いますと?」

「だから、それは宿題ですよ」

この涼月という奴だけども、なんだか気取った奴で、何かにつけて理屈っぽい。それに一々細かいことに噛み付く。今回だってゲロが落ちてたところで、一言声をかけるのはいいとして、ここまで執拗に責める必要はないだろう。メンドクサイ。

ここまで読んできた人には分かるはずだけども、この博物館の展示物というのは博物館の中で育てられた子供達の成れの果てなわけで、つまりこの吐瀉物も誰かの変わり果てた姿ということだ。あー、やな話だね。

ところでここでまた語り手の問題に触れなければならない。

語り手がどのように物語に関わるかというのは一つの問題だと思う。一人称の語りの場合、基本的に語り手が主人公だし、三人称の場合、基本的にその語り手は作者自身ということになる。だけども、この物語では最初語り手の主語が奪われ、物語は語り手が主人公となることを拒んだ。その結果語り手は一登場人物となることになる。そして、その次の語り手だが、僕はこれを神様と言ったが、書いているのは筆者自身な訳で、物語と語り手の関係という意味では普通の三人称の語り手と変わらない。問題は僕である。僕はこの物語の主人公だろうか。もしかするとそうかもしれない。主人公でもない人間がこうやって語りの地の文であーだこうだ思い悩むということ自体、物語として破綻しているようにも思える。だけども、やはりこの物語の主人公は僕ではないと言わざるを得ないだろう。どのように考えても僕にはこの物語の主人公は白い少年、つまり巴旦杏であるとしか考えられない。それでは未だ物語との関わりを持たず、それでいて地の文で自己の存在意義を問う僕とは何者か。

語り手というのは物語を(少なくとも物語の一部を)俯瞰的に見ることのできる立場の人間だ。僕は今現在、この物語のこのシーンを俯瞰的に見て語っている。そしてまた、物語の全体についても俯瞰している。僕が俯瞰しているその物語というのはバラバラの場面から成り立つ集合体であり、物語の外に立つ者にしか俯瞰できないものだろう。となると僕は誰か。

僕は作者ではない。もっとも、作者が筆を取り僕の語りを書いているわけだから、作者と僕とに共通するところはあるだろう。だけども、僕は作者とは別の一登場人物として設定された語り手だ。それに実を言うと僕は人間ですらない。吐瀉物なのである。そう、今現在涼月さんが苦言を呈しているこのゲロこそが僕なのである。

僕が展示物としてのゲロであるからには博物館の子供達の内の一人だったわけだけども、繻子とか薄荷とか名前が出てきた登場人物ではない。そう、僕と物語との繋がりはこの節の冒頭で始まったばかりであり、まだ物語に関わっていないも同然なのだ。(僕が登場人物として物語に与えた影響というのはロボットと涼月のくだらない会話だけなのだからないみたいなものだ)

にもかかわらず、僕は物語や小説全体を俯瞰している。つまりは僕は超越的ゲロなのである。

あ、次の節進まなきゃヤバイ。


          ◯


流星に火をつけて尾っぽを作る仕事がある。なんだか詩的な仕事だが、字面のメルヘンさとは裏腹に、それはそれは単調この上ない仕事で、この仕事を担当するものは大抵クタクタに疲れて滅入ってしまい、私生活でも物が飛んでくるだけで発狂してしまう者もいるほどだ。

向こうから石ころが飛んできたのを見つけるとマッチを擦って火を準備する。そして近づいてきたところでさっと火をつける。というと簡単そうな仕事だが、流星というのは実は毎日毎日おびただしい数降ってきている。ひたすらマッチを擦ってつけてマッチを擦ってつけてマッチを擦ってつけて……。ああ、しんど。(ちなみにこの大量に擦ったマッチはその辺に放り投げてる。もし空からマッチの燃えかすが落ちてきたら流星に火をつけたマッチのかすだ)

結構な数の流星が一度に来るともちろん火をつけそびれることもある。そういう場合はしょうがない。何も、地上の人々に祈るチャンスをやろうなんていう善意でやっているわけではない。ただ金を貰っているからしゃーなしでやってるだけだ。誰からお金を貰っているかと言うと地球の諸々の国からだ。あえていうならば地球公務員というか、そんな感じ。皆さんの税金から給料頂戴しております。

あと、この仕事たまに暇な時間もある。そういう時は楽だろうなんて思ったら大間違いだ。流星が飛んでこない時も、いつ飛んできてもいいように、気を張ってなければいけない。それに、暇な時の方が時間が過ぎるのが遅いもので、早く終わらないかと時計をチラチラ見てると、案外余計に疲れるものだ。

まだ僕がゲロになりたてのとき、僕も一度この仕事をしたことがある。マッチを擦って火をつけて、マッチを擦って火をつけて、マッチを擦って火をつけて……。だるい、マジでイライラする。たまに流星が途切れたら時計を見てみる。全然時間が経ってない。だるい。早く帰りたい。

そうやってストレスを溜め込んでるとき、大きな流星が一つやってきた。大抵の流星というのは地上に届く前に燃え尽きて死ぬ。しかし、このサイズの流星ならおそらく地上まで届くはずだ。僕はその流星の上に乗ってみた。逃げ出したいとかそういうことよりも、地上にゲロをぶちまけてやりたいという破壊衝動に近い動機だ。

流星はゲロまみれになってどんどんどんどんどんどん、地上に迫っていく。地上がはっきりと見え始めた。それはよく見覚えのある風景だった。僕にまだ翼があったあの頃

「教室」の中を飛び回ったときに見た光景そのもの。僕は「教室」に墜落した。床は粉々になったガラス片と一緒にゲロまみれ。

「夜空」を見上げたら、そこにはLEDのツマラナイ冷めた月が浮かんでた。よほどあの月をゲロまみれにしてやろうと思ったけども、もう僕にはそのための翼がない。クソったれというかゲロッたれというか、そんな最悪の気分で僕は眠りについた。

夢の中で、巴旦杏を見た。あいつの白いカラダは汚いゲロにまみれていてぐちゃぐちゃ。僕はその姿に欲情して、射精した。白いカラダに精液は映えない。

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