第2話

        2


          白黒


 朝から晩まで玉音放送が流れ続けた。軍国主義を煽り、御国の為に命を捧げることを要求する。天皇の声真似。敗戦は近い。

空は赤く染まり、それは血の色で、鉄の体から黒い夜が流れてた。

 少年と少年が交わるとき、死んだはずの月が目を見開こうとしていた。彼女の瞼から覗く細長い瞳には以前にもましてブツブツのクレーター。クレーター。目玉。少年のペニスはアヌスの中で縮こまる。少年たちは毛布で裸体を隠した。

 人が死に人が死に人が死に。内臓は全部ポリ袋の中。ホルモン。安売り。ワケアリ品。偶に鉄の球が混ざり込んでる。既に丸焦げの調理済み。

 月の光がドロリと溶けて、二人の少年を包み込もうとする。目を細めた月から流れる黄色い涙に二人は濡れて、散った涙が瞬く星々となり夜空は目玉で溢れかえった。黄色い涙は少年の白濁色に汚されて受精する。汚濁した黒い光が空を包み、汚れた月の石は再び少年の子宮へと吸い込まれた。月はいつもあなたとともに。

 彼らは何から逃げたのか。空は月と太陽と戦争に支配された。地上は血と精液の沼。巴旦杏の実は食い尽くされた。食い尽くされた。地下のバーは沼から流れて来た紅白の色で充満して、交わる少年たちを汚す。

 酔った女がカウンターの上に立ち放尿した。尿の黄色は月から溶けだしたみたいで二人はぞっとした。やはりまだ逃げるのか。この世界は僕達には狭すぎる。巴旦杏の実は食い尽くされた。食い尽くされた。


          幽


 語り手になりそこなった血まみれの幽霊が永遠の行列に並んでいるとき、隣の列に美しい少年を見つけた。彼は単三電池に話しかけていた。

「君、その電池は友達かい?」

「うん、そうだよ。おじさんは驚かないんだね」

「どうして驚くんだい?」

「僕が電池と話しているからだよ」

「それのどこに驚く要素があるんだよ」

「そうだよね、今まで出会ったみんながおかしかったんだ」

「何があったんだい」

「みんな僕のことを気が狂ってるって、白痴だって、無理やりお尻を犯すんだ。ねえ、おじさん。僕にはペニスもヴァギナもない。これっておかしなことかな。みんなはおかしいっていうんだ」

「おかしくなんてないよ」

 幽霊は罪の意識に駆られた。彼を犯したのは自分かもしれない。

 その時、単三電池が喋り出した。

「博物館はおれ達には狭すぎた。でも、巴旦杏には本当に悪いことをしたと思ってる。博物館でおとなしくしていればよかったんだ。そうすれば何も考えずに展示品として……」

 少年と単三電池が並んでいる列は幽霊とは逆の方向にどんどんと進んだ。

「それではまた」

 幽霊は彼に手を振って別れを告げると、幽霊の一つ後ろに並んでいる人間に尋ねた。

「これはなんの行列なんですか?」

「あなたはそれも知らずに並んでいたのですか。これはお通夜の列ですよ」

「誰のです?」

「太陽です」

 ここに自分はいるべきではないことを幽霊は悟った。

「ところでさっきの彼、お知り合いですか?」

 後ろの人が言った。

「いいえ、でも気になったものですから」

「ああ、あなたも気づいたのですね」

「ええ、彼のはらわた、飛び出ていましたもん。あれはもう幽霊ですよ」


          青


 マンホールの下の地下道をずんずんト進んでいく青年がたどり着いたのは博物館の中だった。

「ようこそ、芙蓉博物館へ。当博物館ではあなたが生まれてから死ぬまでの期間、『人生博覧会』と題した企画展を催しております」

 グリグリ御眼眼の銀色ロボットが言った。

「久しぶりの来場者ですよ。さあさ、中へ」

 恐竜、骸骨、ダイヤ、カンバス、猫の剝製、ニーチェの臍の緒、八咫烏の青銅鏡。麻黄、朝顔、紫陽花、帷子、栗の花。鳥籠、ドール、コトリバコ。

 人の気配は何もない。だけども誰か見ている。見ている気がする。

 ポンペイのパン。パンの鱗。パンの角。一角獣の肝を潰した漢方薬。人糞、馬糞、犬糞、目糞、鼻糞。スカトロジー。

 壁は全て大理石。アンモナイト。ガラスケースばかりばかり。目目目。

「この博物館は何もないですね」

 性念が言ったた。

「おや、どうしてそう思うのですか」

「あなたが考えなさい。これが今日の宿題です」

 ロボットはツラ食べた。普段は自分が教える側なのに、この斉年には宿題を出されてしまった。さあ、みんな考えよう。人生とは何ぞや。

「では、あなたがここを去るまでに考えておきましょう。せっかくですから、この博物館を案内して差し上げます。最上階の『教室』に着いたときに、あなたの講義を聴くことにしましょう」

 つうううううい。ういうい。


          白黒


鏡。鏡張りの部屋。四方八方に目がいっぱい。目目目目。月を孕んだ少年は合わせ鏡の真っ只中で、どれが本当の自分か分からなくなってしまった。ベッドの上で真っ裸で、ペニスを勃起させて、ピンクのライトがくるくる回る。

「問題は君のお腹の中の月だよ」

黒い少年は白い少年のアヌスの中で言った。

白い少年は喋らない。どこが口かも分からない。口の動かし方も忘れた。

「問題は君のお腹の中の月だよ」

「月からは逃れられない。いつもどこかで君を見ている」「君を見ている」


月は地上に目を光らせる


月は目玉


トイレに流した卵の黄身

とろけてまとわりついて

「先生トイレ」

 「先生トイレ」

  「先生トイレ」

   「先生トイレ」

    「先生トイレ」

     「先生トイレ」

      「先生トイレ」

       「先生トイレ」

         「先生トイレ」

昔々あるところに、コインを空高く投げた人物がいた。

彼が投げたコインは夜空の真ん中でポカンと浮かんでとまってしまった。

人々はそのコインを「月」と呼ぶようになった。

だけども、その「月」いつまでたっても表しか向かない。

それを見かねたネコが言った。

「コインが表しか向かないのは誰かのいかさま」


…  ・  ・ ・

・  …          ・  …

◦          ・            ・

    ・  …     ・             …

         ○

…         ・

      ◦    ・   ・         …

・            ・              ◦

…                ・


――いかさま師はだれ。

「太陽だ」

――ペテン師はだれ。

「太陽だ」

――詐欺師はだれ。

「太陽だ」

 太陽は死んだ。まだ昇らない。だけども新しい太陽が昇る。燃えカスみたいな太陽だ。新しい太陽はガソリン臭いし血生臭い。理不尽、不条理。

――なぜ人を殺したのですか。

「太陽のせい」黒黒黒黒黒――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい――なぜ人を殺したのですか。「太陽のせい」」」」」」」」

 月を孕んだ少年が男嫌いを叫んだとき、嫉妬。月を孕んだ少年が男なんかに生まれたくなかったと叫んだとき、呪い。

 撃ちてしやまむ。七生報国。欲しがりません勝つまでは。打。打。打。

月を孕んだ少年は幾幾つにも分裂して、鏡の中に囚われて、幾幾つもの自分を見た。コインはまだ投げられない。ぷっくり膨れたまぁるいお腹がポコリポコリと砂丘のように。黄色い砂の砂丘のように。灰色。

黄色は何色?

太陽

月の光は?

太陽

月は誰?

太陽

4/4大事に大事に大事に大事に抱えていたそのお腹が禍々しくて禍々しくて禍々しくて禍々しくて。バット。打。打。打。月を孕んでなんていなかった。月に取り憑かれていた。いつまでたってもいつまでたっても。月月月。目目目。打打打。打打打。打!

打、打、打。打、打、打。打、打、打、打。

打、打、打。打、打、打。打、打、打、打打。

打打、打打、打打打打、打打。

耳をつんざくような金属音があああああああああああああ。

二度と昇ってくるな。二度と昇ってくるな。太陽も月も。太陽も月も。

空に瞬くお星様、掻き消され、掻き消され、汚れ、犯され、レイプ、レイプ、レイプ。何もない何もない何もない。あああああああああああああ。

妊娠なんてしていない、ただ取り憑かれただけだ。胎児が身体を支配する。脳髄の奥底にへばりついて。いつしか脳髄は月の色!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る