【KAC20205】マックでものすごい美人女子高生の愚痴を聞かされることになったと思ったら勝手にカップル成立してて私なんだったの? ってなる話

最上へきさ

女子高生の失恋トークに耐え続けるという苦行

「――それじゃ、周防先輩。お元気で」

「ああ、君もな。南禅寺くん」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ああ、君、そこの君。

 少し時間いいだろうか。


 ……ありがとう、君はいい人だな。

 お礼に、このポテトをあげよう。

 しなしなになっている? 何を言うんだ、フライドポテトはここからが本番だぞ?


 引き換えと言ってはなんだが、少しわたしの話を聞いてくれないだろうか。


 わたしは周防叶恵すおう かなえ

 市立四方津高校の三年生だった。


 本日、無事卒業式を終えてな。次の春からはなんと魅惑の女子大生になる。


 え? 知ってる? 有名人?

 麗しの美少女生徒会長?

 よせよせ、褒めてもポテトしか出ないぞ。


 まあとにかくだ。

 実は、人に話すの初めてなんだが……わたしには好きな相手がいてな。


 ……ちょっと君、声が大きいぞ、ポテトでも食べて落ち着きたまえ。

 わたしだって石や木じゃないんだ、恋ぐらいするさ。


 それでな。

 先程、意中の「彼」と別れの挨拶を交わしてきたところなんだ。


 ……うん、そう。

 お察しの通り、気持ちを伝えることが出来なくてね。

 よせ、泣くな――ああホラ、鼻を拭いてポテトでも食べたまえ。


 君はいい人だね。

 わたしの好きな男に似ている。


 「彼」は、実に繊細でひねくれて面倒くさくて、いわゆる文系をこじらせたタイプとでも言えば良いのか……まあわたしぐらいしかアイツの面倒を見られる人間なんていないんじゃないかな? と思うヤツでね。


 しかしそんな彼にも、優しいところがあってね。

 以前、私が図書館で高いところの本が取れなかった時、手伝ってくれたことがあるんだ。


 え? ベタが過ぎる?

 そういう君も少女漫画を読みすぎているようだ、ポテトでも食べたまえ。


 それに彼は、ああ見えて面倒見が良いところもある。

 わたしは財布というものを持ち歩かない主義なんだが、彼はいつも食事をおごってくれてね。

 「飢えた野犬から逃げるには餌を上げるのが一番なので」なんて照れ隠しと一緒に。


 え? それはフツーに怒られてる?

 でも彼はそう言って二十回以上おごってくれたぞ?

 え? 諦められてる?


 ……で、でも、彼には高潔なところもあってな!

 わたしが生徒会の作業で追われている時は何も言わずに手伝ってくれたし、飲み物だって差し入れてくれたし、なんなら夜道は危ないからって家まで送ってくれたし……


 え? フツーにわたしのことが好きだからでしょ、って?


 いやでも彼は、わたしのことを「あと一歩で理想の先輩」「もう少しで最高の女神」「ミューズと呼ぶにはアクが強すぎます」としか言わなかったし……


 ちょっと君、何だその顔、呆れているのか? ポテト食べるか? 追加で頼もうか?


 あとは、ええと、その……彼はとてもいい作品を書くんだ。

 文芸部の部室で、いまどき原稿用紙に万年筆で独りカリカリと……どうにも回りくどかったり、こまっしゃくれていたり、とっちらかっていたりするんだが――とても優しい物語を書くんだよ。


 わたしは、それが大好きでね。

 彼の隠しきれない魅力が溢れだしているようで、世界中のみんなに読んでほしいとすら思う。

 こんなに素敵な人がいるんだぞ、って。


 ……まあそう言うと、彼は「作品と作者を同一視しないでほしい」って怒るんだけどもね。


 少し話が長くなってしまったな。

 すまない。ポテトも尽きてしまいそうだね。


 つまりだ。

 わたしは彼のことがとても好きなんだ。

 本当に、心の底から……彼さえいれば他には何もいらない、というぐらいに。


 ただ、それに気付くのが、少し遅すぎたみたいでね。

 それから、どうも表現方法に若干の問題があったようで……彼には気付いてもらえないまま、高校生活も敢えなく終わってしまった。


 彼とわたし、二人ぼっちの文芸部生活も、これでおしまい、という訳だ。

 いささか感慨深いと言うか、寂寞の念を禁じえないと言うか、つまりだな、その、これは、ええと……


 ……すまない。

 このハンカチは必ず洗って返す。

 鼻水でベッタベタになってしまったからな。


 ポテト? ああ、これ、最後の一本じゃないか。

 いいのかい?

 え? むしろ食べろ? お腹いっぱい食べて元気を出せ?


 いや、しかし……元気を出したところで、時は戻らないんだよ、君。


 君は……そうか、次は二年生になるのか。

 高校生活なんてあっという間だぞ。悔いが残らないようしっかりとな。


 ところで君、さっきからスマホを激しくいじっているようだが、一体どうしたんだ?

 SNSアカウントが炎上しているのか?


 違う? 知り合いから凄まじい勢いで失恋相談が来てる? 通知がうるさくてかなわない?

 すごい偶然だが、まあ春だものな。そういう季節だ。


 邪魔してすまなかった、わたしはここらで失礼することに……


 え? ここにいてポテト食べてて?

 あ、ああ、だがもう持ち合わせが無くて……いいから座ってて? 私のビッグマックを食べていいから? それは……かたじけない。


 もぐもぐもぐもぐむぐむぐむぐむぐ。


 ……コーラもいいか? ありがとう。


 ごくごくごくぷは。


 ……君には本当にお世話になった。

 よかったら名前を教えてくれ。

 このハンカチとビッグマックとLコーラと諸々の礼がしたいからな。


 なんだ? ちょっと、どうした、今度は急に背中を押すなんて……


 え? 外に出て周りをよく見ろ?

 知り合いを見つけたら駆け寄って、さっきの話を全部もう一度聞かせてやれ?

 いやそんな、流石にこんな話を誰にでもする訳には――


 ……おや?

 そこにいるのは、南禅寺くんかい?

 君、一体、どうして、ここに――


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こと南禅寺景なんぜんじ けいは、駆け出した美少女生徒会長――周防叶恵さんと、南禅寺亨なんぜんじ とおるが一悶着した挙げ句、通りの真ん中でひと目もはばからずキスしたのを見届けると。


 心の底から、深い溜め息をついた。


(やれやれ……二人揃って私に愚痴るとか、どういう偶然よ。お兄ちゃん・・・・・ったら、ヘタレが過ぎるのよね、まったく)


 私は盛り上がる二人の死角をついて、こっそり駅前のマックを後にする。


(さあ、帰ったら家族みんなでお兄ちゃんをからかってあげないとね)

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