第85話

『こんな事…… 普通の人間には出来やしないだろォ……』

 お律は、冷たくあしらうように話した。


『そうだ…… 天狗様の仕業さ』

 お律の息子の勘三郎も同意した。後ろに控えた九五郎も頷いた。


『うう……』確かに、お律たちの言う通りだ。

 人間業とは思えない。


 源内は大樹を見上げた。お里の首吊り遺体は、優に十メートルの高さがあるだろう。


 もし人力で吊り上げたとしたら、何人もでお里の遺体を吊って上げたとしか思えない。

 だが、天狗の仕業などと言う事は有り得ない。



『旦那…… オレは…… お里を泣かさないよう、宜しく頼みましたよねぇ……』

 源内は、井筒屋の旦那に掴み掛かっていきそうな顔だ。


『うむゥ……』旦那は、ただ小さく呻いた。


『なのに、何で…… お里をこんな目に』

『すまん…… ワシにもわからんのだ』

 旦那も肩を落とした。




『ひとつ…… 良いかな❓』全員を一瞥いちべつし、杉田玄白が口を挟んだ。

『どういう経緯いきさつで、お里がここにいると……』

 ようやく奉公人らが口を吊られたお里を下ろそうとしていた。


『ハイ…、若奥様がいらっしゃらないので、朝からずっと探していたのです……』

 まだ女中だったお蝶が応えた。


『朝から姿が見えなかったのですね』


『ハイ…、何度か、このお庭も探しましたが、まさか、あんな高くに有るとは……』


『では…… どうして』

『あまりに鴉が騒がしいので……』


『鴉が……』そうか。源内は上空を飛び回る鴉を睨んだ。


 やがて、お里の遺体が下ろされた。



『フフ……』その時、源内は、九五郎がニヤリと勝ち誇ったように、微笑みを浮かべたのを見逃さなかった。





 ※。.:*:・'°☆


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