第84話

 獲物を狙うように鴉が上空を飛び回っていた。

 また『カーカー』と耳をわずらわせた。



 井筒屋の中庭にそびえる大樹の周りには、井筒屋の旦那、勘兵衛、長男の勘一、次男の勘次郎、そして愛人の律、その息子の勘三郎、さらに番頭の伊助、当時は女中のお蝶、丁稚でっちの九五郎の姿があった。

 


 全員、茫然と立ち尽くして首を吊った美女のお里を見上げいた。

 特に、井筒屋の旦那は憔悴しきった顔だ。



『……』源内も意味が解らない。かすかに身体じゅうが戦慄わなないた。



 どうみても自殺ではないようだ。

 自ら、あんな上空高く首を吊るす事など不可能だ。



 では、誰がどうやって、あれほど空高くお里の遺体を吊ったのだろうか。



 まさに妖怪変化、天狗の仕業と言っても過言ではない。




 ようやく奉公人らが梯子ハシゴを持ってやって来た。


『何をモタモタしてンだい…… 早く下ろすんだよ。まったくみっともない❗❗』

 厳しい顔で愛人の律が命じた。


『く……』みっともないと言う言葉に源内は眉をひそめた。


『へ、へい……』慌てて奉公人らは梯子を大樹に立て掛けた。


 源内は、井筒屋の旦那の元へ詰め寄った。


『だ、旦那…… これは、どういう事ですか……』

 険しい眼差まなざしで詰問した。


『ぬゥ…、わ、わからン……』旦那は絞り出すように唸った。


『天狗様の仕業さ……』愛人の律が吐き捨てるように呟いた。


『ぬゥ…… 天狗だとォ……』  

 にわかに、源内は信じられない。





 ※。.:*:・'°☆

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