第72話

 フラつく足で僕は御手洗へ向かった。


 手早く用を済ませた。

 もちろん現代のような水洗トイレではない。

 昔ながらのみ取り式のボットン便所だ。臭くて堪らないが、この際、贅沢は言っていられない。


 手を洗い、元の寝室へ戻ろうとした時、わずかだが奥座敷の方からガサゴソとモノ音が聞こえた。


「ン……❓❓」

 この真夜中に、いったい何のモノ音だろう……

 ネズミなのか。



 まさか。賊ではないのか。

 気になってモノ音がした奥座敷の方へ向かおうとした。


『ン……❗❗❗』

 やはりこの物音はネズミではない。



 しかし屋敷の中に何者かがいると思った時は遅かった。



「あ……❗❗ そうか。待てよ……」

 もしかしたら、盗賊の『紅夜叉』の連中かもしれない。




 幕府転覆をくわだてる盗賊が、カラクリ屋敷の秘密を探るため平賀源内邸へ侵入して来たとしたら、逆に襲われ拉致され殺される可能性もあった。



 何しろ『紅夜叉』と言う残虐非道な盗賊だ。

 大工の棟梁たちを次々と拉致し惨殺していく連中ヤカラなのだ。

 源内の頭のキズも『紅夜叉ヤツ』らの仕業かもしれない。


『うう……』一瞬、足がすくんだ。

 もし賊だとしたら、どうすれば良いのだろう。


 闘ったところで相手にはならない。

 だとすれば無難に逃げ出した方が得策か。

 しかし寝室にはユウランが眠っていた。

 彼女らを置き去りには出来ない。


 どうするか、逡巡しゅんじゅんしている内に、黒装束に身を包んだ賊らしきモノが音もなく廊下へ姿を現わした。


『ううゥ…… やはりコイツが……❗❗❗』

 

 既に賊らしきモノは、こちらの気配を察知しているみたいだ。すぐさま僕の方を睨みつけた。


『う❗❗❗ 夜叉……❓❓』

 妖しいほど紅く光る面をかぶっていた。


「うッわわァァ~~ーー~~ーー❗❗❗❗」

 恐怖のあまり僕は悲鳴をあげた。



 ※。.:*:・'°☆

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