第70話 お里……
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橋の上で、二人は並んでいた。
ワケありの男女二人のようだ。
夕陽が二人を血のように紅く染めていた。
遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
頭上を烏が『カーカー』と鳴きながら飛んでいった。
男性の方は若き日の平賀源内だ。
源内の目の前で泣いている美少女は、お里だ。
その顔は、お
橋の欄干から源内は流れる
『……』
紅く染まった
行く
まるで自分たちのようだと源内は思った。
『お里……』絞り出すように源内は言葉を発した。
『……』お里は、ただ黙ったままうつ向き泣いていた。
『俺と…… 俺と一緒に長崎へ……
駆け落ちしてくれ……』
覚悟を決め、源内はお里の目を見つめた。
『頼む…… お里❗❗』
真剣な
『……』
二人の間に重苦しい沈黙が宿った。
また子供たちの声が響いてきた。
『ありがとうございます❗❗ 源内先生…』
震える声でお里は礼を述べた。
『じゃ、一緒に…… 行ってくれるンだね……』
笑みを浮かべ、源内は手を差し出した。
『い、いいえ…… 出来ません』
だが、お里は小さく
『え…、ど、どうしてですか……❓❓』
『病気がちのおっ母や、小さな弟たちを残して……
私だけ逃げ出す事は…、出来ません』
華奢な肩が震えていた。
『だ、だけど…… しゃ、借金は……』
『それは、井筒屋の旦那様が……』
『な、そ、それじゃ井筒屋の旦那の所へ……
後妻に行くのですか……?』
源内は彼女の華奢な肩を掴み詰め寄った。
『……』しばらく源内は彼女を見つめたまま沈黙した。
『カーカー』とまた頭上を烏が飛んでいった。
少し間を置き、お里は声を震わせ応えた。
『ええ…… そうすれば、旦那様が借金を肩代わりして戴けると……』
『しかし…… 井筒屋の旦那は、五十に手の届く……』
『ええ、でも……
『う、そりゃ……』そうだが……
『大丈夫です…… 井筒屋の旦那様は優しそうだし、大事にしてくれると……』
また声が震え、大粒の涙が頬を伝った。
『くゥ…、借金は俺が……
俺が、きっと長崎で何とかするから……』
『いいえ…… もう決めました❗❗
源内先生には何から何までお世話になりっ放しで……』
『いや、世話なんて…… 俺は……』
『私よりもずっと佳い
ポロポロと涙が頬を伝って落ちた。
『ううゥ…、そ、そんな事は……
お里……』
『さようなら…… 源内先生ェ……』
頭を下げると足早に駆け去っていった。
『あ、お里…… 待って……』
手を伸ばし引き止めようとしたが、途中で諦めた。
呆然として、源内は橋の欄干に手を置き、川を流れていく木の葉を見つめた。
今にも川の流れに飲まれそうだ。
『く、うゥ……』
やがて、源内の視界が涙に滲んでいった。
子供たちが源内の後ろを駆けていった。
いつまでも源内は橋の欄干にもたれ掛かり立ち尽くしていた。
やがて、夕闇が江戸の町を覆っていった。
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