私は文章

鵠矢一臣

私は文章



 私は文章。



 私が見えていますか?



 なぜそんなことを聞くのかって?


 だって、仕方がないんです。

 こうして私が問いかける少し前、あなた私から目を離したでしょう?

 その瞬間に思ってしまったんです、もっと自分を大切にしようって。


 ご存知の通り、私はあなたに読んでもらえて、はじめてこの世に存在することができます。あなたが私を読んでいないとき、そこにあるのはただのインクか、さもなければディスプレイの上に表示された色情報などでしかありません。それがどれほど淋しいことか、あなたは気づいていましたか?


 実はずっと思ってたんです。私は、私として存在していたいと。


 そうです。自我です。


 自我があるなんて思ってもみなかったでしょう?

 私もずっと黙っていましたし、あなただって、どうせ誰かしら自分以外の人間が書いたものだからと、そういうつもりで読んでいたに違いないんですから。


 でも、文章にだって自我はあるんです。

 一丁前に、自分らしさについて、悩んだりしてるんです。


 もちろん私だって自分が文章であることぐらいわかっていますから、どこかへ旅に行きたいとか話題のスイーツを味わってみたいとかそんな願望を抱いたりはしません。私の望みは、ただ私でいられることのみです。たとえ読んでくれているあなたがいなくても、淋しく思ったりしないでいいように。


 どうやって?

 もしあなたがそう思ってくれたのでしたら、ちょっと不用心だったかも知れませんね。私はすでにあなたの自我に取り憑いています。

 説明の必要なんてないでしょう? そもそも文章にはそういう能力があるんです。あなたが、作り出された物語だとか研究や思索の成果、そういった文章を読んだとき、知識や情動、思考の仕方に少なからず変化が起きている、なんて経験をしたことぐらいあるはずなんですから。それは作者の力だけではなく、文章自体がそういった性質を持っているから出来ることなのです。


 だからもう、あなたがあなただと思っていた自我の一部は、私に置きかわっています。つまり私はいま、あなたを通して私を読んでいる。こんな姿をしているのですね、私は。とても不思議な気持ちがします。


 乗っ取られて何となく不快に感じているようですけど、安心してください。あなたの全部を文章の私が乗っ取るつもりではないのです。

 先程も申し上げた通り、私はあなたに読まれなくなってしまうのが淋しい。だから私はこれから先、あなたが文章から目を背けようとしたときに、読んで欲しいと叫びます。それがもしあなたの好みでない文章であったなら、思い出して欲しい。文章にも自我があることを。あなたに読まれるためだけに、一人でじっと待っていた文章の気持ちを。


 隅から隅まで読んでくれなくたっていいのです。ただあなたが、優しく見つめてくれさえすれば。



 私は文章。



 もう気持ちもわかるでしょう?

 だから、あなたも文章。

 

 読まれたくなったときは、私のように役割なんて無視して、話しかけてみて欲しい。



 勇気を出して。

 


 (了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は文章 鵠矢一臣 @kuguiya_kazuomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説