王嘉3  略ぼ之を取る  

苻堅ふけんが死に、慕容沖ぼようちゅうが殺され。

主なき長安ちょうあんに、姚萇ようちょうが入る。

苻堅サマラブを、よりにもよって

苻堅殺害後にこじらせた姚萇。

苻堅が大切に遇していた王嘉おうかを、

自らも丁寧にもてなす。


そんな姚萇に対し、何を思ったのか。

「アンタ、あたしを引き連れなさいよ」と、

王嘉、自分から付き従うことを望んだ。

なので姚萇、その後王嘉に、

ことあるごとに相談を持ちかけた。


やがて姚萇、苻登ふとうと対峙する。

苻登は姚萇に悲鳴を上げているが、

姚萇は姚萇で、

苻登マジ勘弁と思っていたようである。

なので王嘉に聞いている。


「な、ななななななぁ、

 ワイが苻登ぶっ○せたら、

 さすがに取れるよね天下、

 ね、ね、ね?」


隴西ろうさいのいち地方軍閥潰した程度で

天下が転がってくるわけねえだろアホか、

が、このセリフに対するツッコミである。

いやほんとにアホの子ですか姚萇さん。


ここで王嘉、また過日の

「未央」みたいな答え方する。

いわく、「略得之」。


いや待って!? それ、普通に読んだら

「ほぼ、之を取る」になるよね!?


ご多分に漏れずそう読んだ姚萇さん、

大激怒である。


「はぁ!!?!???!?

 取れるなら取れる、って言わんかい!

 なんで奥歯にモノ詰まらせとんねや!!!」


そう言って、王嘉を殺した。

うーん、全く余裕がない。


ところで、この前日譚として、

王嘉さんは苻堅のもとで

釋道安しゃくどうあんと知り合っている。

この当時ナンバーワンの仏僧だ。

その道安が、王嘉に持ちかけている。


「世の中がもろもろヤバい。

 なので拙僧はつてを頼り、

 安全なところに逃れたく思う。

 王嘉殿、ともにゆきましょうぞ」


すると王嘉は答える。


「先に行っていてくれまいか。

 わしにはやらねばならぬことがある。

 いま、一緒に行くわけにはいかん」


それから間もなくして道安は死んだ。

そして、王嘉も殺された。

やるべきこと、それは命を賭して

姚萇をおちょくることだったのだ。


王嘉の死を聞いた苻登、

祭壇を設けて慟哭した。

そして文太師と追贈。

あっ面識あったんですね。


姚萇が死ぬと、子の姚興ようこうが苻登を殺す。

姚興、その字が子略しりゃくである。

つまり、苻登打倒の夢については、

「略が之を得た」わけである。

わかるかばか!!!!!!!!!


王嘉が死んだとき、西のかた、

隴山ろうざんの頂上で彼を見た、という人もいた。

そちらの王嘉、姚萇に宛てて

牽三歌讖けんさんかせん』なる書をもたらした。

ここに載る予言は、

ことごとく的中したそうである。

なので王嘉の死後だいぶたった今でも、

この本は残されている。

(※北魏ほくぎ孝文こうぶん期なので約百年後)


また、かれの著作としては

拾遺録しゅういろく』十卷が有名である。

その内容は怪奇、の一言だが、

ひとまず、今もその内容は確認ができる。




姚萇入長安、禮嘉如堅故事、逼以自隨。每事、諮之。萇後與登相持、問嘉曰:「吾得殺苻登、定天下不?」嘉曰:「略得之。」萇怒曰:「得當云得、何略之有!」遂斬之。先是、釋道安謂嘉曰:「世事如此、行將及人、相與去乎?」嘉答曰:「卿且先行、我有小債未了、不得俱去。」俄而道安亾。至是而嘉戮死、所謂負債者也。登聞嘉死、設壇哭之。贈太師、謚曰文。及萇死、萇子興、字子略、方殺登、略得之謂也。嘉之死、有人於隴上見之。乃遺書於萇其所造『牽三歌讖』、事過皆驗。累世猶傳之。又著『拾遺録』十卷、其記事詭怪、今行於世。


姚萇の長安に入れるに、嘉を堅の故事が如く禮し、逼り以て自ら隨う。事の每に之に諮る。萇の後に登と相い持せるに、嘉に問うて曰く:「吾、苻登を殺せるを得たらば、天下は定まりしや不や?」と。嘉は曰く:「略得之」と。萇は怒りて曰く:「得たらば當に得と云うべし、何ぞ略の有りしや!」と。遂に之を斬る。是の先、釋道安は嘉に謂いて曰く:「世事、此くの如きなれば、行きて將に人に及ばん。相與に去らんか?」と。嘉は答えて曰く:「卿は且しく先に行きたるべし、我、小しき債の未だ了さざる有らば、俱に去るは得たらず」と。俄にして道安は亾ず。是に至りて嘉は戮死さらば、債を負いたるの所謂なり。登は嘉の死せるを聞き、壇を設て之に哭す。太師を贈り、謚して文と曰う。萇の死せるに及び、萇が子の興、字は子略が方に登を殺す。「略得」の謂なり。嘉の死せるに、人の隴上に之を見たる有り。乃ち其の造りたる所の『牽三歌讖』なる書を萇に遺し、事の過ぐるに皆な驗ず。累世に猶お之を傳う。又た『拾遺録』十卷を著し、其の記事は詭怪にして、今、世に行ず。


(十六国42-14_術解)




なんでしょね、苻堅おちょくるのを楽しんでた王嘉さんが、旧主の仇を「事実で」おちょくり、殉じていったように見えます。「わしは姚萇に殺されねばならんのだよ」とばかりに留まって、苻登の野郎のせいでイライラマックスな姚萇さんをおちょくる。しかもその姚萇さんは苻登を倒せないまま、散る。


そうやって考えると、王嘉さん、姚萇に対して死ぬときまで決して解けない呪いを掛けてったよね。えげつねぇ……つーかずいぶんとレベルの高いツンデレに見えてきたぞ……

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