慕容暐5 暗殺失敗し死す 

慕容沖ぼようちゅう襲撃の報が届く中、

慕容暐ぼようい、改めて苻堅ふけんのもとに赴く。


「我が弟の大義なき振る舞い、

 苻堅さまよりの大恩を

 ひとり踏みにじっております。

 これは併せて臣も万死に値する罪。


 にもかかわらず、陛下の

 天地にも等しきお心により、

 臣はこうして更生が叶いました。


 陛下の大いなるお心を、

 我が子らにも分け与えたく思います。


 実は、私の二人の子が、

 昨日結婚いたしました。


 そこで三日目、つまり明日に

 宴を開きたく思っております。


 愚かな願いとは存じております。

 どうか、臣めの家にまで、

 祝賀にお越し願えませんか?」


苻堅、引き受けた。

いやなんでそんなに

慕容暐のこと好きなのアナタ。


慕容暐が退出すると、

そこに同席していた

占い師の王嘉おうかがぼそりと言う。


「椎蘆作籧篨 不成文章

  シイや蘆は、その茎で

  ゴザは編めまする。

  しかし筆として

  用いることはできませぬ。


 會天大雨 不得殺羊

  さあ、間もなく大雨が

  降って参りましょう。

  その結果、羊は殺されるのを

  免れるのです」


慕容暐は鮮卑せんぴと言う「シイや蘆」。

決して苻堅の配下と言う「筆」

にはなれない。


けれど、間もなく雨が降ることにより、

慕容暐は「羊」、苻堅を殺すことが

できないだろう。


そのような感じの言葉だ。


もちろん、

誰も理解はできなかったのだが。



とは言え、王嘉の言葉通り、

夜には大雨が降り始めた。

なので翌朝、苻堅は

慕容暐の屋敷に出向けなかった。


慕容暐は、弟たちに

挙兵を呼びかけた際、

自分自身も自宅に伏兵を潜ませ、

苻堅を招き、そこで殺害しよう、

と計画していた。


外で鮮卑たちが暴れているとはいえ、

長安城内にも、いまだ鮮卑たちは

千人以上が暮らしていた。


慕容暐、彼らの指導者である

悉羅騰しつらとう屈突鐵侯とっくつてっこうらに密かに伝える。


「苻堅殿は、私を長安ちょうあん城の外に

 駐屯させようと考えておられる。

 伴い、旧来の配下を連れ立つことも

 御許可くださった。


 そこでそなたらには

 某日某所に集って頂きたいのだ」


つまり、苻堅を殺した後、

千人余りの鮮卑らを率い、

東に戻ろう、と目論んだのだ。


一方の鮮卑たち。

えっ慕容暐さまを外に!?

よくわかんないけど、そうなんだ!

ピュアか。


だが、その事態を悲しむ者もいた。

北部地域に住まっていた部族の

突賢とっけんと言う人物、その妹。

彼女は苻堅の配下将、

竇衝とうしょうの妾であった。


慕容暐らが外に出るということは、

自分もそこに従わねばならない。

それは、あまりにも悲しい。


なので妹氏、竇衝に要請する。

どうか、兄上だけは将軍のお傍に

留めおきくださいませんか、と。

そうすれば自らも長安城内に残れる、

そう考えたのだ。


さて、なんのことかわからない竇衝。

だが、わかることもある。

慕容暐が、出奔を目論んでいる!


すぐさま竇衝、

このことを苻堅に報告した。

驚いた苻堅、悉羅騰を召喚、

何が起こっているのかを詰問する。


すると悉羅騰は、

慕容暐から言われたことを

そのまま苻堅に告白した。


間もなく慕容暐とその子供たち、

親族が殺戮された。


あわせて長安城内の鮮卑たちも、

老若男女の別なく、皆殺しとなった。




暐入見堅,稽首謝曰:「弟沖不識義方,孤背國恩,臣罪應萬死。陛下垂天地之容,臣蒙更生之惠。臣二子昨婚,明當三日,愚欲暫屈鑾駕,幸臣私第。」堅許之。暐出,術士王嘉曰:「椎蘆作籧篨,不成文章;會天大雨,不得殺羊。」言暐將殺堅而不果也。堅與羣臣莫之能解。是夜大雨,晨不果出。初,暐之遣諸弟起兵於外也,謀欲伏兵請堅殺之。時鮮卑在城者猶有千餘人,暐令其帥悉羅騰、屈突鐵侯等潛告之曰:「官今使吾外鎮,聽舊人悉隨。可於某日會集某處。」鮮卑信之。北部人突賢之妹,為堅左將軍竇衝小妻,賢與妹別,妹請衝留其兄。衝馳入白堅,堅大驚,召騰問之,騰具首服。乃誅暐父子及其宗族,城內鮮卑無少長男女皆殺之。



暐の入りて堅に見ゆるに、稽首し謝して曰く:「弟の沖の義方を識らざるに、孤り國恩に背まば、臣が罪は萬死に應ぜん。陛下の天地の容を垂したるに、臣は更生の惠を蒙りたり。臣は二子は昨に婚じ、明くるの三日に當らば、愚かにも暫し鑾駕を屈し、臣が私第に幸いせんことを欲す」と。堅は之を許す。暐の出づるに、術士の王嘉は曰く:「椎蘆は籧篨を作せど、文章を成さず。天の大雨を會したるに、羊を殺したるを得ず」と。言は暐の將に堅を殺さんとせど果さざりたるなり。堅と羣臣に之を能く解せる莫し。是の夜は大いに雨し、晨には果して出でず。初、暐の諸弟を遣りて外にて起兵せしめんとせるや、謀りて兵を伏しを欲し堅に請いて之を殺さんと欲す。時に鮮卑の城に在す者は猶お千餘人有り、暐は其の帥の悉羅騰、屈突鐵侯らに令し潛かに之に告がしめて曰く:「官は今、吾をして外鎮せしめんとし、舊人の悉く隨わすを聽す。某日にて某處に會集すべし」と。鮮卑は之を信ず。北部人の突賢の妹は堅が左將軍の竇衝が小妻と為らば、賢の妹の別るるに、妹は衝に請いて其の兄を留ましむ。衝は馳せ入りて堅に白す。堅は大いに驚き、騰を召し之を問わば、騰は首服なるを具す。乃ち暐父子、及び其の宗族を誅し、城內の鮮卑を少長男女無く皆な之を殺す。


(魏書95-24_忿狷)




慕容暐の周旋力が壊滅的だとよくわかる、心温まるエピソードでございました。いや、さすがにそれはどうなん……もうちょっと頑張って検討しましょうよ……。

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