慕容暐3 弟への手紙   

慕容泓ぼようおうは使者を苻堅ふけんに飛ばす。


しんの無道により、

 我が故国はいちど滅んだ。

 そのことを憐れまれた天が、いま、

 秦の運命をお傾けになられた。


 そして仰ったのだ。

 えんを復興せよ、と。


 さぁ、陛下を返還せよ。

 並びに王族、臣下の一門もだ。


 さすれば私は彼らをお守りし、

 ぎょうへと引き返そう。


 そして虎牢関ころうかんを境界とし、

 天下を秦と分かち合おう。

 以後、我々が秦の敵とはならぬことを

 お約束申し上げる」


この手紙に、苻堅は激怒。

慕容暐ぼよういをつかまえ、怒鳴りつける。


「そなたは燕の滅亡を語っておったな。

 しかし、実情はどうだ?

 帰すべきところに帰した、と言うのが、

 正しいのではないか?


 それを、淮南わいなんで朕が少々躓いたからと、

 このように牙をむくとはな!


 しかも、そなたの帰還に対し、奴は

 朕に物資を取りそろえよ、とまで

 申してきおったのだぞ!」


この言葉に慕容暐、土下座しながら

床に額をぶつけまくる。

流血も厭わない勢いだ。


苻堅はその様子を

しばらく見ていたが、やがて言う。


「まぁ、もとよりすい、泓、ちゅうの罪よな。

 そなたを責めるいわれもなかったな」


慕容暐は、親族の謀叛に伴い

一時期官職を解かれていた。

が、この謝罪により、復職。

待遇ははじめに迎え入れられた時と

同等となった。


苻堅は慕容暐に、

三人に宛てた手紙を書かせる。

兵を解散し、長安に

降伏してくるのであれば、

謀叛は罪には問わない、と言うものだ。


慕容暐、その手紙は書いた。

一方で、別の手紙も書いた。


慕容泓に宛てたその手紙には、

こう書かれていた。


「間もなく、秦は滅亡するだろう。

 だが、社稷しゃしょくはそう簡単に

 擲てるものではない。


 泓よ、お前は燕の復興に務めよ。

 垂叔父上を大将軍兼司徒として、

 皇帝の代役として全権委任せよ。


 もし、おれが死んだという

 ニュースを聞いた時には、

 お前が皇帝となるのだ」


この手紙を受け取った慕容泓は、

いよいよ華陰かいんから出撃。


燕復興の始まりの歳、と言う事で、

年号を「燕興えんこう」と定めた。




遣使謂堅曰:「秦為無道,滅我社稷。今天誘其衷,秦師傾敗,將欲興復大燕。吳王已定關東。可速資備大駕,奉送乘輿并宗室功臣之家,泓當率關中燕人翼衞皇帝,還返鄴都。與秦以虎牢為界,分王天下,永為鄰好,不復為秦之患也。」堅怒責暐曰:「卿雖曰破滅,其實若歸,奈何因王師小敗,猖悖若是!泓書如此,卿欲去者,朕當相資。」暐叩頭流血,涕泣陳謝。堅久之曰:「此自三豎之罪,非卿之過。」復其位,待之如初。命暐以書招喻垂及泓、沖,使息兵還長安,恕其反叛之咎。而暐密遣使謂泓曰:「今秦數已終,社稷不輕,勉建大業。可以吳王為大將軍,領司徒,承制封拜。聽吾死問,汝便即尊位。」泓於是進向長安,年號燕興。


使を遣わせ堅に謂わしめて曰く:「秦は無道を為し、我が社稷を滅ぼしたり。今、天は其の衷なるを誘いたれば秦師は傾敗し、將に大燕を興復せんと欲す。吳王は已に關東を定む。速やかに大駕を資備し、奉じ輿に乘せ、宗室功臣が家を送るべし。泓は當に關中の燕人を率い皇帝を翼衞し、還じ鄴都に返らん。秦と虎牢を以て界と為し、王の天下を分け、永きに鄰好を為し、復び秦の患為らざらんなり」と。堅は怒り暐を責めて曰く:「卿は破滅を曰いたりと雖ど、其の實は歸したるが若し、奈何んぞ王師の小敗に因りて、猖悖せること是くの若くせんか! 泓が書は此の如くなれば、卿の去らんと欲せるに、朕は當に相い資したらんか?」と。暐は叩頭し流血し、涕泣し陳謝す。堅は之に久しうして曰く:「此れ自ら三豎の罪にして、卿の過に非ず」と。其の位を復し、之を待すこと初の如し。暐に命じ、以て垂、及び泓、沖を招喻し、兵を息め長安に還らしまば、其の反叛の咎を恕さんと書せしむ。而して暐は密かに使を遣りて泓に謂わしめて曰く:「今、秦が數は已に終わりぬ。社稷は輕からず、大業を建つるを勉むべし。吳王を以て大將軍と為し司徒を領じ、承制封拜すべし。吾が死問を聽かば、汝は便ち尊位に即くべし」と。泓は是に於いて進み長安に向かい、年を燕興と號す。


(魏書95-22_仮譎)




慕容泓がザコでしたーとか慕容評ぼようひょうがクソでした―みたいな話をどう評価したもんかなーと言う感じはありますね。なにせこの辺の記述に全部慕容垂が絡んでそうでなぁ……前燕王朝の最後のあだ花として潤色してやろうか、みたいなところもありそうで。


にしてもこの辺、晋書苻堅載記まんまですね。つってもあっちには、ここに微妙に載ってないエピソードもあるから、その辺を補完していきましょう。

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