第12話 担任の先生
しばらくして、翔也が旦那と一緒に帰宅した。翔也は自分の部屋にまた閉じこもった。今度はもう、二度と扉が開かないような気がしていた。
「担任の先生から会社に電話があってな。翔也が学校に来ているから迎えに来てほしいって」
「えっ…、どういうことよ?」
「パジャマのまま歩いているところを、たまたま先生が見かけて声をかけてくれたらしいよ。それで学校で預かってくれてたんだって」
「そう…」
「で、翔也は家に帰りたくないって言うから、会社に電話があったんだよ」
私は机に俯すと、悔しくて声をあげて泣いた。
なんでよりによって学校なんかに行くのよ。あんたの嫌いな学校なんかに行くのよ。なんで電話をするのが旦那の会社なのよ。一番に電話をするのは私のところでしょ。なんで…なんで…。
それ以来、私と翔也の関係は深刻なほどの冷戦状態になった。互いにつかず離れずの距離。たまに旦那が連れ出すときだけが唯一の息抜きとなった。
ほどなくして変調は、妹の柚月にも現れるようになった。小学校一年生の柚月がおねしょをするようになったのだ。
「もういい加減にしてよ!小一にもなって!」
叱っても仕方がないとは思いつつ、我慢することはできなかった。
その後も、翔也が学校に向かうことはなかった。たまにあの若い担任がやってくる。部屋の中から談笑する声が聞こえてくる。それが私にはどれほど悔しかったことだろう。
あの子の母親は私なのだ。
ある日、担任から「環境を変えるために、転校してみてはどうか」という提案がされた。翔也と話をしていて、祖母が暮らす町の話題になったらしい。自然が多く、毎年そこに行くのが楽しみなのだと話していたそうだ。
「そんな…。転校なんてしたら、いじめっ子に負けたみたいじゃないですか!なんで私たちが逃げなきゃいけないんですか?ふざけないでください」
と怒鳴った。
だが、担任は悪びれもせず、
「勝ったとか、負けたとかはどうでもいいではありませんか。大切なのは翔也くんの未来です。彼が学校生活に戻れるなら、それも一つの選択肢だと思うんです」
勝手なものだ。自分の指導力の無さを棚に上げて、転校しろだなんて。本当に勝手だ。
「私、そんな考えありませんし、担任のあなたのやりかたに満足してませんから」
私は強い口調に言い放った。怒気を込めたつもりだった。
だが、その若い担任をなおも食い下がる。
「僕はお母さんを満足させるつもりはありません。ただ、翔也くんのこれからのことだけを考えてお話しているのですよ」
私は頭に来た。
「なんですか?なんなんですか?翔也、翔也って!あの子は家でずっと寝てるだけ!苦しんでるのは私なんですよ。あの子のことなんてどうだっていいんです。苦しいのは私なんです」
そう叫んで電話を叩きつけた。
ハッとして顔を上げると、小さく開いた扉の向こうにいる翔也と瞳が重なった。
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