第11話 衝突

 翔也が学校に行かなくなったのは、小学校四年生のときだった。勉強は可もなく不可もない成績だった。集団で行動することが苦手な彼は、幼稚園の先生たちをひどく苦労させた。ところが、小学生に上がるとそんな素養を見せることなく、一見上手に集団の中に溶け込んでいくことができた。

 ところが、小学校四年生のとき、仲良しグループだった友達と仲違いをしたことから風向きが変わってしまう。先生は「いじめ」とは表現しなかったけれど、それは親の私から見れば、十分に「いじめ」と呼べるものだった。

 周囲のいじめっ子たちが、翔也に学級の仕事を押し付けてくるというのだ。班で勉強をするけれど、翔也と仲の良い子は同じグループにはいなかった。全員が仲違いをしていたグループの人間だった。

 私はそれも不満だった。なぜ、仲の悪い子を同じグループにするのよ。一言、文句を言ってやろうとする受話器を取る私に、翔也は

「恥ずかしから、やめてよ」

と言った。

 担任の先生は、頼りない若造で、(こんな教師に、いじめなんて解決できるの?)と思った。それでそんな思いを三者面談で学級担任にぶつけた。隣で翔也がどんな顔をしていたのか、私は知らない。彼はじっと俯いたままだった。

 「ママがあなたのことを守ってあげるから」

私は強く決意して、その若い担任と対峙した。だが、彼はただひたすら謝るだけだった。それはなんだか虚しい戦いだった。

 その翌朝だった。

 「僕、もう学校に行かない…」

そう言い残し、彼は学校に行くことだけでなく、私に心を開くこともあきらめてしまったようだった。

 翔也が学校に行かなくなってからというもの、毎日のように若い担任から電話がかかってくる。時には家庭訪問にやってくることもあった。

 私は毎朝、翔也を起こし学校に行くよう、懸命に説得を試みた。だが、彼は一向に学校に足を向けなかった。こんなに私ががんばっているのに。この担任もこの子も勝手なものだ。

 ある日のこと、私は不満を翔也にぶつけた。

「なんで学校に行かないのよ。やられたらやり返しなさいよ。それが男でしょ。そんなことでどうするのよ」

 彼は布団を頭からすっぽり被り、ベッドから起きてくる気配すら見せなかった。

 私はひどく頭に来て、彼の布団を一気にひっぺがした。

 そのときだ。彼は絶望に打ちひしがれた顔で私を睨みつけた。そして、持っていた目覚まし時計を私にぶつけた。

 目覚まし時計が私の頬をかすめ、壁にぶつかる。「チリン」と音を立てて床に転がると、中から乾電池が飛び出した。

 私はショックで言葉もなく立ち尽くす。その横を翔也が飛び出していった。

 玄関の開く音にハッとして追いかける。マンションのエレベーターの扉が閉まる。ガラス越しに見えた翔也の顔は、涙に濡れていた。

 泣きたいのは私だよ。

 階段を急いで駆け下り、二度三度つまづく。それでようやくサンダルで飛び出してきたことに気づく。息も絶え絶え一階にたどり着いたころには、翔也の影は跡形もなくなっていた。

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