第2話 炎鶏

「お、お揃いだな」

 南関東の定例集会が開かれる会議堂。不躾にも足で扉を押し開け最後に顔を出したのは万作。あいも変わらず相棒の煙管とご一緒で、腕に抱えていた大量の紙の束をテーブルに半ば落とすように置いた。万作は顔に似合わず事務作業を得意としているが、紙類に囲まれるその作業と同時に煙管を蒸すのは危ないと忠告しているものの、その悪癖はどうにも治らないらしい。

「例の犬だが、奴さんやっぱりどこにも記録のない新種だったぜ。北陸に連絡したら取りに来るってさ」

 北陸地区は進んで狂餐種の研究を行っている施設が置かれており、今回のように未知の生物が発見された場合に、かの研究所に検体を送る事が常となっていた。

「しっかし…本当に不思議なもんだね。この100年のうちに億相当の進化を遂げといて、まだ進化しようってのかい」

 突然変異した狂餐種と呼称される生物達は、世代交代の速さに加えて世代を経る毎に異常な進化を遂げる事により、1世紀で人智を超える能力を得てきた。数こそは減っているものの、常に生態を変化させる狂餐種は少数精鋭のような様相を呈してきている。

「…進化…なのかね本当に。最初の狂餐種がそうであったように、常に新しく改造された狂餐種が生み出されてるって事はねえか?」

「誰が何の為にそんな事するんだよ」

 万作が疑問を呈すが、高粱は冷ややかな視線を送る。

「NOAを作った博士は行方不明だって話だ。いわばNOAの母。嫌NOA派が狂餐種の撲滅を理由にNOAの処分を求めるなら、逆にNOAの存在を正当化する為に狂餐種が未だ作られ続けているとしたら」

「NOAが作られたのは100年近く前だろ。かーちゃん幾つだい…って…」

 そこまで言いかけて、桔梗はハッと顔を強張らせる。そして、言わずともわかるだろうと云うように、墨染の方を見据える。

「あー別に隠してたわけじゃねえし、知ってる奴は知ってるけどな。かーちゃん、あの人も不老だぜ」

 俺にしても、NOAを作った研究者も不老だという考えには及ばず、当然既に亡くなっているものと思い込んでいた。

「俺は知ってたぜ。だからどこかに隠れて生きてるんじゃねえかってな」

「でもなぁ。不老っつっても不死じゃあねえはずだぜ。あの人一人でどっか行っちまって、それで狂餐種に襲われておっ死んでる可能性も無くないしな」

 墨染はやけにあっさりと言いなす。自身を生み出した母たる研究者に対しての感情や思い入れが希薄のように見えるが、その本心はSEM3世代目の俺には知る由もない。しかし高粱は物憂げに墨染をじっと見つめ、やがて静かに語りかける。

「…墨染、博士に会えるなら会いたい?」

「まあ…そりゃな」

 その時の墨染は、伏し目がちで今まで見たことのない苦笑を浮かべた。

「こんにちはー!新珠っすー!」

 そんな空気を打ち壊すように溌剌な挨拶と共に現れたのは新珠あらたま。どこにも所属していない黒猫のNOAであり、タマという愛称で呼ばれることもある。

「なんでお前が来るんだ。呼んでないぞ」

「僕が連れてきたんだよ」

 少し遅れて新珠の背後から現れたのは石川代表の凌霄のうぜん。無造作に伸びたような長い前髪から垣間見える目の下には深い隈が刻まれ、痩身の猫背でふらふらと歩く姿は不健康という言葉を如実に体現している。

「お前来るの早くないか?というかお前が直接来るとは」

「未知の狂餐種がいると聞いたら少しでも早く会いに来たいに決まってるじゃないか。で、その例のやつは?」

「向こうで保管してる。ついてきな」

 万作が席をたち、凌霄をつれて出ていった。その姿を見送って、新珠が万作のいた席にひょいと飛び乗る。

「それで自分北陸にいたもんで、ついでに是非と。自分としても、SEMの方と道中ご一緒させて頂くのは心強いっすから」

 新珠はNOAではあるが、最初に作られた所謂プロトタイプというやつで、他の12人のNOAほどの力が無く、獣化する事も出来ないらしい。故に討伐の戦力に加わる事なく、商人のように各地域へ武器や資材を運ぶ役割を担っている。

「じゃあ丁度いいや。軍刀無いか?前ので欠けちまって」

 先日の狂餐種討伐の際、只管に氷塊を叩き切っていた事が祟り、愛刀の刃先は痛々しく欠けてしまった。それを抜刀すると、新珠はしげしげと眺めたのち、にぱっと満面の笑みを見せた。

「今無いっす」

「ええ」

「どこも資源厳しいっすから。打ち直して貰ったらどうっすか?ゼロから作るよりは材料浮くはずっす」

 狂餐種が海外へ流出しないように貿易が規制されている現状、資材を節減せんとする新珠の提案も一理ある。しかし今や刀を製造できる施設はそう現存していない。俺が知る中では一箇所。

「岡山か」



「よう来んさった。楽にしてかけんさい」

 岡山の駐屯地を訪ねると、岡山代表である蘇鉄そてつが自ら迎え入れてくれた。最も狂餐種が蔓延った世代も生き抜いてきた初代SEMの一人であり、厳つい外見だが人柄は気さくで面倒見が良く、周囲からも慕われている人物だと聞いている。

「話は聞いとる。刀じゃろ?」

「はい。これです」

「ほお。三千年ミチトセか。こがんになるまで頑張ったなあ」

 蘇鉄は俺が抜いた軍刀を眺めてから俺の方へ視線を戻して、人好きのする笑顔と労いの言葉をかけてくる。長らく首都の長を務めてきた人望はこういうところにあるのだろう。

「しかし直せるには直せるが…今はうちも資源不足じゃ。おいそれと協力はできん」

 蘇鉄は黒鞘の合口で卓上の中国地方の地図を示した。その鞘の先が降ろされたのは島根。

「実はな、島根に玉鋼を生み出す狂餐種がおる。砂鉄を食らい玉鋼を排出する不思議な生態しとってな。わしらはソイツを金屋子神と呼び、討伐せず生かしたまま利用しとる」

「つまりその玉鋼を取ってくれば良いんですね」

「ああ。話が早くて助かる。まあそうはゆうても無理に戦わんでいい。そいつからな、ちょっとばかし拝借して貰えばええんじゃ。ま、怒らせてしもうたら安全は保証せんが…」

 蘇鉄はそこまで言って、ふと墨染の方を見て表情を曇らせた。

「そうじゃ。アイツはやけに女性嫌いでな。女と見ればたちまち襲いかかってくる。墨染は連れて行かん方がよかろう」

「えー!あっしお留守番かよ」

「君は…」

 蘇鉄は次にこちらを伺う視線を送ってくる。その手の問答には慣れたもので、すぐさま意図を理解した。

「俺は無性です」

「じゃあええか。ほんじゃ。柊、椿。道案内してあげんさい」

「ほーい」

「はいよー」

 蘇鉄の呼びかけに応えて突然現れたのは12~15歳くらいであろう小柄な二人の子。今まで姿が見えなかったので机の下に潜んでいたのだろう。この二人が鳥取と島根の代表である事は知っている。恐らくは双子なのだろうが、瓜二つではなく区別はつく程度で、二人共性別がハッキリとしない中性的な容姿をしている。

「この子らも無性じゃ」

 つまりこの一堂で普通の人間では珍しいらしい無性が3人いる事になるわけだが、SEMには無性、中性、両性の特徴を持つ者は一定数生まれるので、そうありえない確率でもない。

「それから…九重、一応付いて行って貰えるか」

 蘇鉄は傍らに立つ男に声をかけた。

「構わん」

 九重は中国地方担当の軍鶏のNOAだ。自分の事は語らず口数自体も多くない。俺が代表入りしたのが最近だからという事を抜きにしても、十分謎の多い男という印象。墨染抜きの慣れない面子で任務にあたる事に不安を覚えるが、これは俺の私用に連れ立ってくれるものであり、俺自身も努める他ないだろう。



 車両では進めない山の深部からは、先をずんずん進む二人のあとを追うように歩いていた。一人はもうだいぶ先まで離れているので、近くにいる方へと話しかける。

「えっと…椿…だっけ。まだ歩くのか?」

「んー。椿が椿だけど。もうすぐだよ」

 否定されているのか肯定されているのかが分からない。そしてそんな俺の困惑も素知らぬ顔で、自分ともう一人を順に指し示して言い加える。

「椿が柊で柊が椿だからね」

 厄介なことにこの二人、一人称に「椿」「柊」の二つを使い、またお互いをも同じように呼び合う。どうやら巫山戯て俺をからかっているようなのだが、どちらがどちらとも分からず、会話に難儀して頭がどうにかなりそうだ。もういっその事、赤髪の方を椿、緑髪の方を柊と俺の中では呼ぶ事にする。

 一度九重に「あれは何とかならないか」と縋ってはみたが、「あきらめ」とだけ返されて終わった。それ以外でも、道中何度か九重とコミュニケーションを取ろうと試みれば、言わんとすることは伝わるし、こちらの伝えたい事もよく理解してくれるのだが、それ故に言葉が短くおさまってしまい、会話のキャッチボールは投げたボールを受け止めて終わるだけ。柊椿に弄ばれ続けるだけの道中か、九重とだけの気まずい道中かを想定すると、どちらがマシかは五分五分というところだ。

「ついたよー」

 先を歩いていた椿が振り返り、手を振りながらこちらへ呼びかける。

「あの窖が巣。あの中に玉鋼があるよ」

 駆け寄って椿が指し示す方を確認すると、岩場に大きな窖があった。

「出てきた。アレが金屋子じゃ」

 暗闇からのそりと這い出てきた金屋子と呼ばれる狂餐種は、体表が金属のような塊で覆われた2メートルはある狐のような姿。こちらには気づいていないようだが、しかし何かが居ると感じてはいるらしく、頻りに辺りを見回している。

「アイツは食った砂鉄から生成した金属で鎧を作っとる。物理攻撃はほぼ効かん」

 九重は俺に金屋子の特性を伝えつつも、奴の方が気になるようでこちらへは視線を合わせてくれない。

「…いつもと様子が違うな」

「殺気立ってる〜」

 九重は訝しげに金屋子を凝視し、対照的に柊と椿は何とも気楽そうにぴょんぴょんと跳ねる。そこで突然通信機のビープ音が鳴った。この中で今それを所持しているのは九重で、懐から取り出しては、相手の確認をせずとも知っているとばかりに即座に応答する。

「なんじゃオジキ」

「九重、墨染の姿が見当たらんくてなあ。もしかして」

「うへぇ!?」

 そこから先の蘇鉄の声は、前触れもなく突進してきた金屋子とその唸り声、それを咄嗟に避けようと俺達が身を翻す音、そして間の抜けた悲鳴によってかき消された。

「ああ…あのバカならこっちにおる…」

 九重は足元に転がった針ねずみを見下し、深くため息をついた。

「やっぱりー。なんかずっと美味しそうな鼠の匂いすると思ってたんだよねぇ」

「ねー」

「気づいとったなら言え」

墨染の針を模る流体磁石は付着すると容易には取れなくなるのだが、そんな事を知ってか知らずか、椿と柊は無遠慮に墨染を指で突きまわし、九重がゾルに触れないように二人の手の上から墨染をつまみ上げる。墨染を美味しそうと形容するのは、恐らく二人に流れる血が肉食か雑食の獣由来だからなのだろう。と、少しばかり考察してしまったが。そんな事よりも、俺は目の前の針ねずみに言わなければならない。

「お前なんで付いてきてんだ!」

「だって大将が心配で…!」

「お前なあ…その心配性直せよな…」

 NOAは一世紀に近い時間をSEMと共に生きてきた。当然その中で世代を重ねるSEMもある。俺の父も、その父も、墨染が面倒を見てきた。そういう経緯があるからか墨染は俺たちを子供か孫のように考えているらしく、頻繁に過保護な面を見せる。今回もそれが悪い方向に発揮された一例に加わる事になる。

「どうするんじゃあれ」

 墨染を傍らに置き、再び金屋子を見据える九重。

「ごきげん斜めだねー」

 椿の言う通り、見るからに金屋子はひどく苛立った様子で威嚇の姿勢をとっている。

「あっしがあいつを磁力で引き寄せる。その間に大将らが巣の玉鋼を拾う。簡単だろ」

 自信ありげに墨染は言うが、いくらNOAでも墨染だけを置いていくには不安がある。

「引き寄せるって、お前一人であいつ相手にするつもりか」

「するよ。あっしが原因だろ」

 どうやら墨染は墨染で責任を感じているらしい。

「はあ…言ったら聞かねえしなお前…」

「へへ」

「照れるな。褒めてねえよ」

 墨染は俺達から距離を取り、ゾルを飛ばして金屋子に付着させた。

標的マーキングよーし。釣りあげるぜ」

 墨染の能力によって金屋子の身体がグンと微動し始めた瞬間、それに抵抗するように金屋子の口腔から紅い弾道が走った。

「墨染!」

 俺が動くより速く墨染に向かったそれは、九重の蹴り技で軌道を変えていた。

「咄嗟じゃけコントロールまではようせんかったわ。誰も当たっとらんか?」

 九重はこちらを気にかけてくれるが、当の九重の裾は焼け焦げて黒煙を上げている。九重自身の脚も相当な傷を負っている筈だが、痛みを感じない故か、もう既に再生されているのか、何食わぬ顔で立っている。何度見てもNOA達のこの強靭な生命力には畏怖の念を抱かざるを得ない。

「アイツは溶けた金属を吐き出す。人間なら火傷なんて生半可なもんじゃ済まんし、NOAでも流石にそここそのダメージ食らうぞ。特にお前、熱苦手じゃろ」

 九重は墨染の方へ歩み寄る。

「あー…ハハ。助かったぜコッコ」

「わしなら火は耐えれる。わしがお前と奴の間に入る。ええな」

 そう言った九重は燃え盛る炎のトサカを冠する軍鶏へ姿を変えた。

「大将はあっち頼むぜ」

「じゃあ任せた」

 NOAが二人もいれば、まず心配はないだろう。俺は柊と椿を連れて窖へ向かった。

 三人で進む光もろくに届かない薄暗闇の中、ふと何かが蠢く音が聞こえた。

「あれえ?なんかいる」

 照明具に灯され少し先に見えたのは、玉鋼と思しき塊の山と、金屋子に似た2匹の小柄な個体。金属の鎧を纏っているが、その装甲は金屋子に比べると疎らで薄い。

「子供…か」

「どうするー?椿たちで処分しちゃう?」

「物理は効かないんだろ?お前達は何が使える?」

 狂餐種は幼体だから対処しやすいなんて傾向はほとんど無い。幼体でも立派に異常な能力を備えていて、人やSEMが蹂躙されたという事例も山ほどある。手を出すならば、こちらも本気でかからないとならない。つまり各自の適性が重要なのだが。

「柊は木」

「椿は火」

 どちらの適性も今の状況では有用なものでは無い。木は金属に打ち負けるし、この窖で炎を使えば、酸欠を引き起こす可能性がある。

「じゃあやめとこう。俺も役には立たない。刀もこれだし」

「ふうん。なに?」

「まあ、これだよ」

 俺は軍刀を抜き、軽く風の刃を空虚へ出力した、つもりだったのだが。

「うわあ!」

「ちょっと」

 それは意図しない方向、椿と柊の方へ。いつもは刀に這わせて出力するが、刃先が欠けているために流れが不安定になってしまうのが原因だ。

「ごめんな」

 風刃を避けて倒れ込んだ二人に手を差し伸べつつ謝罪した。

「良いけどぉ。気をつけてよね」

「ああ。だから俺も今これは使いたくなくてな」

 幸い二匹の幼体はこちらが手を出さなければ襲いかかってくる様子もない。このまま素通りし傍らの玉鋼を回収できればそれでいい。しかし幼体へ近づいた時、二匹は動き出して柊と椿の方へ接近した。反射的に俺は身構えたが、柊椿は動じずに二匹を観察している。どうも幼体に攻撃の意思はないらしく、二人が下げている刀を忙しく嗅いでいる。

「刀が食べたいのかな」

 柊がそう言って刀を手に取る。幼体が食欲をもって刀に興味を示しているかは分からないが、実際に二人がひらひらと遊ばせる刀を追いかけているのは事実だ。少しの間幼体の様子を見ていた二人は、ニコリとお互いへ目配せをした。

「さてさて皆さまお立ち会い」

「ここに取り出したりますは双刀にござい」

 二人の鞘から抜き出されたのは二つの刃。俺が一振りの刀だと思っていたのは勘違いだったようだ。

「ほい椿」

「はいよ柊」

 椿と柊は二組の双刀をお手玉のようにお互いに投げては受け取りを繰り返す。剥き出しの四つの刃は軽やかに宙を舞う。

「ほーらこっちだよー」

「残念次はこっちー」

 幼体はその動きを追い、ひょこひょこと身体や頭を動かす。恐ろしい力を持ってさえいなければ、その外見は可愛いものだ。

「飛燕!見てないで今のうちに玉鋼拾って!」

「あ、そうだ…悪い」

 2人と2匹の動きに見入ってしまい、本来の目的を忘れていた。慌てて玉鋼の元へ歩み寄り、それに手を伸ばそうとした瞬間。

「うわぁ!」

 どちらの声とも判断がつかないが、確かな吃驚の声があがり振り返れば、柊と椿が幼体に押し倒され、双刀によって襲いかかる爪牙を防いでいる光景があった。

「大丈夫か!」

 反射的に幼体へ刃を振り下ろすが、やはりその装甲によって弾き飛ばされ、窖の中で甲高い金属音が響くだけ。

「無駄だって!刀じゃ効かない!」

「柊!根っこ出せない!?」

「まって、この子達止めなきゃ無理!」

 ジリジリと追い詰められる二人を、俺が助けてやらねばならない。風刃を出力する構えを取るが、先程の危うく二人に襲いかからんとした風刃がフラッシュバックされ、僅かに足がすくんだ。ただでさえ不安定な風の流れを、幼体とごく至近距離にいる二人を巻き込まないようにするコントロールするのは、平時であっても難しい事だ。

「飛燕!さっきのやって!」

「だがお前らにも当たったら」

「いいから!」

 柊に促されて、覚悟を決め何処へ飛ぶかも分からない風刃を出力した。幸いにもそれが向かう大まかな方向は間違っていない。だがそのままでは幼体と共に二人にも当たってしまう。

「おい!避け…!」

 風が当たる、その間際。椿と柊は幼体を拒む力を僅かに緩めたようで、その小柄な体は幼体の鎧によって覆われた。襲い来る幼体自体を盾として利用したのだ。幼体はろくにダメージを受けてはいないようだが、吹き飛ばされ体勢を崩した為に隙ができた。

「おっけ!」

 椿と柊は立ち上がると、すぐさま二組の双刀を地面に突き刺した。

「すくすく育て〜!木根神!」

 柊が力を出力する様子を見せると、次の瞬間には二匹の周囲から四本の木の根が勢いよく地面を突き破って生えてきた。そうして瞬く間に二匹を閉じ込める木の檻のようなものが出来上がる。しかし幼体でもあの金属弾を吐けるらしく、二匹は檻を激しく攻撃する上に、隙間からは流れ弾が飛んでくる。

「長くは持たないよ!早く回収して!」

「撤収撤収!」

 俺達はバタバタと慌ただしく玉鋼を拾って抱え、光の方へとひた走った。

「お、出てきたな大将」

 外の墨染と九重の方は追い込まれた形跡もなく、時間稼ぎで金屋子の相手をしているといった様子だった。

「わりぃ墨染!中にもいる!」

「ねー!ついてきてるよぉ!」

 振り返り後ろの様子を確認する椿に続いて俺も後方を見やれば、幼体は既に檻を破壊したようで、淡い光しか届かない窖の中でもその影が見える程に、出口付近まで接近していた。

「じゃ、そこどきなー!コッコ!あっしを飛ばしてくれ!」

「ああ」

 九重は墨染の言葉を間髪を入れず聞き入れ、蹴り上げられ滑空してきた墨染は着地とともに素早く俺達と窖の前の間に陣取った。

「出力全開!」

 遠方にいた金屋子は、二人を追い回してある程度疲れているのだろうか、抵抗する様子もなく砂埃を上げながら墨染の方へ勢いよく引き寄せられる。

「んで解除!」

 墨染は衝突するすんでの所でそれを躱し、金屋子の方は一度ついた勢いがそのまま変わらず、凄まじい音をあげて窖へと放り込まれた。もちろん中の幼体も巻き込まれていることは確実だ。それでもあの重装甲に明確な致命傷を与えたわけでは無さそうだが、息を整える程度の休憩と、金屋子達の縄張りから離れる時間の余裕が出来ただろう。

「はあ…助かったぜ」

「良いってことよ!」

 墨染は誇らしげにぴょんと跳ねた。



 運び出した玉鋼は、この中で小柄な柊椿と墨染以外の俺と九重で持って帰ることになった。しかし墨染はその上でも楽をするつもりらしく、未だ獣姿のままで俺の肩に乗っている。

「墨染大丈夫か」

 滅多な事では負傷を抱えないNOAではあるが、体力を削る疲労というものは少なかれ受けるものらしい。加えてあれだけの巨体を引き寄せる出力をした後だ。それを心配して墨染へ声をかける。

「平気平気。むしろ殺さずに手加減する方が難しかったっての」

 俺が訊ねた意図とは少しズレた返答だが、墨染は元気そうにぴょんぴょんと跳ねるので安堵した。

「そりゃわしのセリフじゃ。お前は逃げ回っとるだけじゃったが…」

「んっだよぉ!相性わりぃんだから仕方ねえだろぉ」

「それならそう言え、見栄を張るな」

 九重は俺といる時とは違う、感情を顕にした言葉と表情を見せる。口数が多くないと思っていたが、気心知れた相手への対応はこれなんだろう。同じNOAの、兄弟としての信頼と友愛が伺える。

「…何がおかしい」

 思わず笑ってしまったのを見られて、九重が怪訝な顔をする。

「いや、九重って気難しそうだったけど…案外普通だなって」

「そうだぜ。良いやつだからコイツも」

 墨染は自分が褒められたかのように、勝ち誇ったような声色で九重を評する。

「…なんじゃお前ら…」

 九重は眉をひそめたが、それはどこか照れを含んでいるようだった。



「うん。上出来じゃ。これだけあれば問題ない。むしろ余分なだけうちで買い取る。報酬としてもらってくれ」

「ありがとうございます」

 蘇鉄は玉鋼の小さな山を見つめて満足そうに微笑む。これだけの玉鋼を運び出せたのは九重や椿柊の協力あってこそだが、その辺りは手心というやつなのだろう。うちもそう余裕のある財政状況ではないし、素直にありがたく頂くことにする。

「刀の事はうちの刀匠に任せとく。一日では直せんから、少しうちに滞在しときんさい」

「はい。すいません、何から何までお世話になって…」

「かまわんよ」

 元より数日はかかると踏んでいた分、蘇鉄の方から滞在の許可を得られるのはありがたい。NOAを欠く南関東が気掛かりではあるが、万作や桔梗は手練であるし、いざとなれば北関東担当のNOAである朝霧も近い所にいるので何とかなるだろう。

「そうじゃ。金屋子の事じゃが…アレの存在は内密にしてくれんか?特に北陸にバレたら寄越せと言いかねん」

「ええ。そうですね。確かにあれは…」

 こちらに来る前、石川代表の狂餐種への執着を見てきたが故に、その懸念には十分納得が出来る。

「しかし…やつは子を産んどったか。一匹だけならまだしも、三匹ともなると危険じゃな。いや…と言う事はどこかにオスの個体もおるはずか…」

 蘇鉄は今回の件で報告された事態を省みて、深く考え込む様子を見せた。それに対して、どうということはないという風に九重が涼しい顔で応える。

「わしが次に行く時に間引く」

「ほうじゃの。頼む」

「他に個体がいたら駆除してええか」

「ああ」

 蘇鉄と九重の間で淡々と交わされる命のやり取り。それを聞いていると蘇鉄と目が合った。蘇鉄は苦笑する。

「酷いと思うか?」

「いえ。そうではないですが」

 そもそも狂餐種は討伐して当然で、かけられた疑問が何を意図するのかが分からない。

「利用するだけ利用して、力が過ぎれば…必要がなくなれば処分する…いつぞやに聞いた話と似とるな」

 その言葉を聞いて、ようやく理解した。蘇鉄は金屋子を利用する立場と、嫌NOA派の志向を重ねているのだろう。ただその表情は紛れもなく哀情を帯びていて、いたずらに命を奪うのが本意ではない事が伺い知れた。

 金屋子が酷く気が立っていたのも、今思えば子供を守る為だったのかもしれない。身勝手に人に作られ、ただ生きるべくして生きているだけで人に討伐される―されようとしている。それは狂餐種もNOAも同じ事だと、そう思えば、仄かに狂餐種への憐れみがふっと湧くのだった。

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NOA-ノア- ちくわ @soborox

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