第44話 そこにいられる理由
二人は姉妹のように会話ができる。
それからも二人は色々な生活の事を話す。里穂の編み物がなかなか進まない。
「ペットとか飼っている? 旦那が犬を欲しがるんだけど」
「動物、苦手なんですよね。なんか目が嫌で。だから猫とか絶対に嫌です」
那帆はとにかく猫が嫌いだ。
「珍しいね。私も猫は嫌なの。私もあの目が嫌い。だから犬ならまだいいけど」
「でも犬も面倒じゃないですか。散歩とか」
「そうなの、それ。ペットなんかを欲しがるなら、家事を覚えてほしいんだよね。子供ができたら大変になるのに」
「本当ですよね」
そんなところまで二人は気が合う。里穂がいるから那帆はデイケアに来れるようなところがある。
十一時を過ぎた頃だった。明盛が大きく両手を上げ、背を伸ばした。明盛はブログを一つ更新していた。今日はもう一つ仕上げる予定だ。
明盛に近づき、那帆はブログを読ませてもらう。年は離れているが、那帆は明盛に打ち解けている。
那帆はアニメに興味がないというか、あまり見て育ってこなかった。けれども明盛の書くブログの中身は面白かった。読んでいると自分もアニメを見たくなってくる。
その日のブログも那帆は読んでみる。
「色んなアニメがあるんだ。これ、面白そう」
「今は全部見られないほど、アニメはあるからね」
「私でも見られます? レンタルで借りてみようかなあ」
そんな話を二人はする。清潔感のある明盛は、那帆には接しやすい男だった。
那帆はアニメの趣味などに理解がある。世代的に中学や高校のクラスメイトはアニメやゲームを趣味にしていたので、抵抗なんかはない。
「アニメって、全然見てこなかったんだよなぁ」
那帆は本当に無邪気に明盛のブログをいくつも読む。那帆には新鮮な世界だった。
「渡部薫さんのアニメだ…」
一つのアニメに出くわすと、那帆はそう呟いた。有名な作曲家で、アニメだけでなく、幅広い活動をしている作曲家だ。渡部薫が楽曲提供しているアニメぐらいは知っている。
「やっぱり渡部薫さんが楽曲を提供しているアニメはすぐわかるんだね」
「天才だから、渡部薫さんは。何より音楽の温度が暖かいから。悲しい曲でも」
そんな表現ができる那帆も天才だなと明盛は思う。那帆はさっそくスマホで、渡部薫の音楽を探す。イヤホンから気持ちのいい音楽が流れる。
元の席に戻り、那帆が幾分いい気分で音楽を聴いていると、明盛に近づく人影を那帆は感じる。堀川がデイケアにやってきて、明盛と話をしだした。
「順調だね、今日も」
明盛の仕事を見て、堀川は感心して何度も頷く。けれども時折、文章の修正を的確に指示する。その時の真剣さに那帆は少し感心する。
明盛のブログの収益は、先月七万円を超えた。十勝のデート情報をまとめたサイトも徐々に動きだしていた。
「給料は間に合っている? 困ってない?」
「大丈夫ですよ。ちょっとは貯金もできています」
「それなら良かった。早く荒稼ぎしよう。アフェリエイトサイトで毎月二十万円も稼げるようになったら、給料のアップの話をしよう」
「嬉しいですけど、会社の利益がなくなっちゃいますよ」
「明盛はそんな心配をしなくていいよ」
二人がそんな会話をしているのを、那帆は聞いていた。
堀川は里穂がいるのに気づき、二人は会釈しあった。二人の間の空気は、他の人間関係と何か違う。
仕事の打ち合わせを終えた堀川は、煙草をふかしに喫煙所に行く。
那帆は里穂に堀川の事を聞いてみる。
「二人はどういう関係だったんですか?」
「ちょっと何回か遊んだだけよ。まぁ、告白とかもされたけれどね」
恥ずかしそうに、ちょっと自慢げに里穂は言う。
「何が嫌だったんですか?」
「何が?」
そこで里穂は考え込む。
「別に性格やタイプは合っていたんだけど、しいて言えば過去かな?」
「過去?」
「堀川さんには長く付き合っていた人がいたの。口説かれた時、その人と別れてからそんなに時間が経っていなくて、その人がまだ心に住んでいるのがわかっていたから」
里穂の答えは女としては当然だった。
那帆の悪戯心が騒ぐ。自分も煙草を吸いたくなったと、那帆は喫煙所に行く。堀川は喫煙所でスマホを操作しながら、煙草をふかしていた。
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