第23話 本当の気持ち

 焼き魚が出来上がると、春乃は母の手料理を食べていく。

 食事を食べ終えた頃には、春乃は母への答えを決めていた。

「お見合い、断ってよ。今はいい」

 アイスコーヒーを飲みながら、春乃はそう言った。春乃の母は「了解」としか言わない。

 男には「今日は当直明けで顔がむくんでいるから、明日会いたいです」と連絡をする。「ぜひお願いします。後でお電話します」と男から返事がくる。まだ絵文字を使い、馴れ馴れしいくする関係ではなかった。

 「お電話、待っています」の返事の後ろに、春乃はうさぎのマークを入れる。春乃にとっては久しぶりの恋の始まり。恋の仕方など、まるで忘れている春乃がいる。

「ねぇ、お母さん。人ってなんで恋とか結婚とかするんだろうね。寂しいから」

「それもあるけど、母さんは少し違う」

「理由、聞いてみたいな。人は一人じゃ、生きられないから?」

「母さんは別に一人でもいいと思う。そういう人はいっぱいいるから」

「じゃあなんでだろう?」

「一人だと心細いのよ。幸せになりたいとか、そういんじゃなく。年を取るとね」

「心細い」

 的確な言葉だと春乃は思った。カップルや結婚という関係は、友達という関係よりもどうしても強くて、社会的にもそうできている。人は生きていくうちに、より強い絆を求めて生きたくなる。

「患者さんもそうなのかな? 人によるけど、入院したり、デイケアで過ごすだけで症状が改善する患者がいるの。逆に悪くなる人もいるけどね」

「仲間っていうのは大切じゃないかな? 共感してもらえる相手がいれば、心強いものよ」

「仲間かぁ」

 春乃は病棟で患者らが話し込んでいるのを思い出す。いつか自分も大学で誰かと話し込んできたのを思い出す。風菜や離れてしまった会津での医学部の仲間が春乃の脳裏に蘇る。

 それから春乃はしばらくした後に、春乃を待っている男との電話を楽しんだ。




 六月の十日になっていた。話は一気に進み、明盛は堀川の会社の従業員になっていた。

 堀川は明盛にまずは仕事を二つ任した。一つはブログを書く仕事、もう一つはプログラミングの勉強だ。明盛はプログラミングなら結構できたが、ゲームを作るものとネットのサイトを作るものは、プログラミングがまるで違っていた。堀川は時間をいくらかけてもいいから、サイトを作るプログラミングを習得してほしいと明盛に頼んだ。

 ブログは漫画やアニメに関する珍しい情報を集めて書いたり、明盛が気に入ったアニメの感想を書いている。明盛は元々エスエヌエスで、友人らとそういう話題で盛り上がっていたし、アニメに関してなら繋がりが結構太かった。オタクと言っていいのかわからないが、明盛はアニメにはそれなりの理解があった。

「そのうち、アニメの情報発信するポータルサイトと、感想を書くブログで分けようか。ずっと先、そのうちの話だけどさ」

 堀川はそれまでに明盛にそんな提案をしていた。ポータルサイトとは色々な情報を集めて、情報を探すのに起点になるようなサイトの事だ。

「すぐにやらないんですか?」

「二つにしたら手間暇が増えるし、本当に分けたほうがいいのかどうか、収益を見て考えたいんだ」

 仕事にいい加減な構えを見せる堀川だが、やはりよく考えて行動しているなと明盛は思った。

「ブログの他に、何かやるんですか?」

「十勝のデート情報を集めたサイトを作りたいんだけど、なかなかね…」

「なかなかとは、何が問題なんですか?」

「結構手間がかかるから。勝手に情報をのせたら、ややこしくなる事もあるし。お店とかからお金はとらないけど、情報を載せていいかの交渉するのが面倒でさぁ」

 手間だとか、面倒だとかという言葉を堀川はよく使う。

「やりたい事ややれる事は山ほどあるけど、問題は自分達がそれを続けていけるかなんだよな。負担が増えて、ストレスが増えたら困るし。俺達はあくまで精神科の患者だしさ」

 仕事とは逆に健康に関して、堀川は慎重すぎるくらい慎重だった。

「おみくじに書いてあったんだよ。小さな袋にいくらものを詰め込もうとしても、袋が破けるだけだって。俺達はまず、とにかく健康を維持しなきゃいけない」

 そんな話を堀川は何気なく言う。

 六月の北海道はちょうどいい暖かさだ。ついうとうとしたくなる。

 就労支援施設を辞めて、明盛は五月末から本格的に働き始めた。しかし堀川と三輪が活動しているマンションにある、事務所に顔を出せたのは一度だけだった。後は堀川にパソコンとポケットワイファイを渡され、病院のデイケアで活動するように命じられた。

 堀川がなぜデイケアで仕事を命じたのか、明盛はわかっていなかった。

「何も考えずに、まずはデイケアで働いてみて」

 そうとしか堀川は言わない。

 明盛はとにかく、水曜以外の平日にデイケアで仕事をしていた。

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