第21話 輪
札幌にある専門学校で、堀川はコンピュータを学んでいた。堀川が強迫性障害を発症したのはその少し後だった。無事に就職したもの、激しいパワハラで体調を壊していた。堀川も明盛と似たような人生を送っていた。
三輪は病気を抱えながら、それでも仕事はやってきた人物だった。ただどこの職場もあまり落ち着いて働けず、職場は転々としていた。
「どこも職場もさ、精神障害だと言ったら、理解されないし、態度が変わるんだよな。他の病気やケガだと大袈裟に扱われるのに」
そうぼやいたのは三輪だった。
「人間の知能なんかたかが知れているんだよ」
運ばれてきた料理を分けながら、この世界を諦めている堀川が答える。
「いい加減にしよう。日高さんは小説とか読むの?」
話は堀川によってがらりと変わっていく。
「あまり読みませんね」
「好きな作家とかいないの?」
「いないです。名前がまず出てきません」
「知っている作家は? なんでもいいよ」
明盛は学校で習った、明治の文豪の名前しか言えない。
「ふむ。まぁ、いいや。好きな作家がいたら、楽なんだけど」
何を聞かれているのか、明盛は推測できない。
「漫画とかなら、いるんですが。尊敬している作家が」
「いいじゃん、誰? すごくいいよ」
恥ずかしい気持ちを抑えて、明盛はある漫画家の名前を言う。有名なスポーツ漫画の作者だった。代表作はそれまでのスポーツ漫画の概念を変えた。
「すげーじゃん。すごくいいよ、日高さん。その人を参考にしようよ」
そう言いながら堀川がはしゃぐ。
「参考ですか?」
「その漫画家の漫画って、すごく哲学があるじゃん。スポーツ漫画以外も描いているし。その人の漫画の哲学をとことん参考にして、ブログを書くんだよ。何か憧れがあったほうが、文章もうまくなりやすいからね」
内心で堀川は、そういった仕事のやり方を発想できる自分を天才だと思っている。
「自分もブログを書くんですか? てっきりゲーム攻略のサイト制作かと思っていました」
「ゲーム攻略は嫌だろ?」
「まぁ、そうですね」
明盛は自分が堀川の会社に入るなら、ゲーム攻略サイトをまかされると考えていた。けれども堀川の考えでは、そうはならなかった。いくらプログラミングができるからと言って、ストレスを感じる仕事を任せたくはなかった。
「嫌な事を仕事にしたら駄目だよ。絶対にうまくいかない」
「でも、文章なんて、会社でドキュメント書いてきたぐらいですよ」
「そのほうがいいんだよ。文章を下手に書いてきた人間のほうが面倒くさい」
その発言の真意も明盛はすぐにわからない。さっきから堀川はそんな話ばかりだ。
「スポーツでも仕事でも、うまくなると人の話を聞かなくなる。文章が下手にうまいと他人のアドバイスが苦痛になる。日高さんはそういうのがなくていい」
キャバクラに拘りがあったり、仕事への取り組みが時々いい加減な堀川だが、仕事のやり方はそれなりに知っていて、理論もあった。
そして仕事にいい加減なのは、仕事のストレスから自分を守るためでもあった。
それからは三輪の話になった。
三輪はとにかく遊ぶのが好きで、それがまた上手に遊ぶ事のできる人物だった。パチンコをやれば勘がうまく働く。サッカーは見るのも、実際にやるのも好きだった。
そして三輪はロックが好きで、性格がロッカーだった。
明盛はスマホで、堀川と三輪のブログを読んでみる。細かな事まで丁寧に、わかやすく書いていた。明盛は息をのむ。二人の仕事への情熱をそこで見た。特に堀川のブログはたまに趣向が違い、何かを試している感じがした。
三人はその夜、色々な話をした。仕事の事、遊びの事、それぞれの苦しみ事。
「日高さん、一緒に頑張ってくれるよなぁ」
酒が深くなるにつれて、三輪はよく明盛にからむようになる。
「不安だと思うけど、俺達を信じてほしいな」
堀川はとにかく酒が強かった。そしてクサい台詞もさらりと言える。
「仲間になろうよ、日高さん」
三輪もそんな事を言う。
「仲間?」
「そう、仲間。一緒に生きる仲間」
そう言われて、明盛にこみあげるものがあった。
明盛はずっと一人で寂しく、不安だった自分に気づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます