第20話 お金がなかった
二人は帯広の繁華街の、ど真ん中にあるビルの中の居酒屋に入っていく。
そこはビルの一階なのに、中の雰囲気はいかにも昔ながらの居酒屋だった。
奥の小上がりの席に二人は案内される。男が先に待っていた。すでにビールを飲んでいて、暇潰しにスマホを見ていた。
「何見てる?」
「パチンコのブログ。このブログ、すごく参考になる」
堀川が聞くと、男は答える。明盛はそれだけ聞いて、二人は対等な関係だと思った。
「あんまり仕事に入れ込むなよ」
そう言う堀川の仕事の姿勢が明盛にはわからない。
男は三輪だと堀川が紹介する。三輪はパニック障害を抱えていると堀川は言う。まるで料理を注文するかのように。
「だいぶん悪いんですか?」
明盛が聞く。明盛はパニック障害の症状をよく知らない。
「三輪君、どうなの?」
「時々発作はあるから、薬は手放せないけど、まぁ、気にしないようにしているよ。もうかなり楽になったから」
堀川が聞くと、三輪は平然と答え、難しい顔をしない。
三輪は明盛とは別の病院に通院していた。
「どこで知り合ったんですか?」
「新聞配達の店だよ。俺達、昔は新聞を配っていたんだ。なぜか引き寄せるんだよな。障がい者は障がい者を」
堀川はそんな事もさらりと言う。ごく普通の事のように。
「ところで今日は勝ったのか? パチンコ」
「今日はプラマイゼロ」
「ブログの収穫は?」
「最初は負けていたけど、勝ったから稼働のいいネタになった。新台の演出にどんなのがあるかは、だいたい把握したし」
「いい感じだな」
明盛には二人の話が、パチンコをしない明盛には何がなんだかわからない。
三輪はパチンコに関するブログを書き、それで収入を得ていた。実際にパチンコをやり、その経過を三輪はブログに書く。
「俺達はゲーム攻略サイトの他に、四つブログをやっているんだ」
「四つ? 合わせて五つ?」
明盛が答える。結構多いのかなと思う。
「俺はパチンコと、サッカーのブログを書いているんだ」
三輪が言う。ジャンルがバラバラだ。
「俺はテレビドラマと、精神障がい者の生活について書いている。それよりゲーム攻略のサイト更新に忙しいから、最近はどっちも週に三回くらいしか書けないけど」
今度は堀川が言う。明盛は一つ疑問を持つ。
「精神障がい者の生活なんて、読んでくれる人はいるんですか?」
「だから売上は一番低いよ。でも必要性は一番高いと思っている。一つ問題があったら、他人はどうそれを乗り越えたのかとか、知りたい人もいるのかなって」
「どんな事を書いてきたんですか」
「お金がない話とかが思ったかな? お金がなくて、苦労して働いた話とか」
明盛が悩んでいる問題を、二人も悩んできた。
「昔、とにかく金がなかったよなぁ」
三輪が間に入る。
「そうそう金がなかった。俺も昔は障害年金をもらっていたけど、それじゃあ全然足りなくて、大して働ける自信もなくて、新聞配達から人生をやり直したんだよね。昔は結婚にめちゃくちゃ憧れていたから、早く稼げるようになりたかった。最初は全然稼げなくて、おまけにちょっと稼いだら、年金は打ち切られたよ。めっちゃ痛かった。寝ていたほうが年金をもらえて、良かったぐらい」
堀川は笑って言うが、その痛みの辛さは、今の明盛の痛みそのものだ。
「まず料理を頼もうぜ」
痺れを切らして、三輪が言った。確かに三人共、腹ペコだった。
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