第19話 自立とは
デイケア病棟の掲示板に貼ってある、障害者総合支援法に関するポスターを明盛はじっと見つめていた。明盛はそのポスターをよく見つめる。
そこに「自立」という文字があるからだ。
なぜ障がい者福祉の中に自立という文字が大きく書かれるのか、明盛にはわからない。そもそも自立というのがまずわからない。自立ができるなら、とっくに誰もがやっていると明盛は思う。わざわざ書くような事なのだろうかとさえ思う。
現代の人々は水道や電気など様々なインフラで生きている。公共事業で食べている民間企業も多くある。政府がやるべき事は障がい者も生活しやすいインフラを作る事なのに、なぜ自立なのだろうかと明盛は思う。
明盛はまるで国に頼ってはいけないのかという気分になる。
障がい者にとって必要なのは失った機能を補い、無理のない生活をする事だと明盛は思う。障害のない人間の歩くスピードはあまりに早いとも思う。障害のない人間に合わせる事など、もう明盛には難しかった。
障害が重いほど、自立という言葉は厳しすぎる。政府はそれすらわからない。
「何見ているの?」
明盛は誰かに声をかけられた。声をかけたのは堀川だった。
「このポスターの自立って言葉がどうも苦手で」
「俺も大嫌いな言葉だよ。意味がわからない。家族がいなくなれば、人は勝手に一人で生きるしかない。どうでもいい言葉だよ」
そう言った堀川は明るく笑ってみせた。
「今夜、暇かな? 飲みに行かない?」
堀川は唐突に明盛に切り出した。
「キャバクラですか?」
「本当は行きたいの?」
「いや、キャバクラは嫌です」
「今夜は普通の居酒屋だよ。俺と一緒に事業をやっている奴を紹介したいんだ」
「そういう事ならご一緒したいです。ただ…」
「お金の心配はいらないよ」
「助かります。正直、毎日、きついので」
「日高さんはもっと人を頼ったほうがいいよ。ちょっと頑張りすぎ」
堀川はそう言いながら、屈託なく笑う。
「ありがとうございます。助かります」
明盛はなぜか堀川にははっきり自分の意志を伝えられた。明盛は空気を読みすぎて、相手に気持ちを伝えるのを躊躇するところがある。
「日高さんの自宅を教えてよ。車で迎えに行くよ。本当に財布はいらないから」
話はすんなりとまとまった。
デイケアが終ってから帰宅すると、明盛は少し眠った。起きてみると午後六時になっていた。出かけるために洗顔などの身支度を明盛はする。そうしながら明盛は堀川を不思議に思った。
なぜ自分なんかを堀川は買いかぶるのだろうと明盛は思う。
堀川は仕事がしたくてもなかなか見つからなかった、過去の自分を明盛に重ねて見ていた。
病状がやや良くなった堀川は、新聞配達の仕事は見つけられた。ただそこから安心できる収入が得られる就職先は、なかなか見つけられなかった。何度か転職したが、どこも非正規の不安定な職場だった。いつも少し足りない収入に苛立った堀川は、独立して稼ぐ道を選んだ。
午後七時に堀川が明盛を迎えに来た。堀川の服装は体型にきちんと合っているもので、それだけで様になっている。着ているシャツは少し高そうだった。ただ肝心の体形が少し残念だ。
帯広の繁華街に二人は繰り出していく。これからの夜を期待している若者の明るい声や、完璧な化粧と衣装で夜を戦おうとする女性達。それに忙しそうに買い出しに出てきた居酒屋の店員が駆け抜けるように歩いていて、街は賑やかだった。
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