第18話 見過ごせない

 そこで堀川は一度、春乃に真剣な目を向ける。

「ただ、まず、日高さんがどれくらい働けるのかなっていうのが、心配で」

「日高さんの体調ですね」

「そうです」

 堀川の心配はもっともだ。かなり回復したものの、明盛はまだまだ病気と付き合っていかないといけないのが、春乃の見立てだ。

「もう一つは私が毎月、ちゃんと日高さんにお給料を渡せるかです」

 次は現実的なお金の問題だ。

「失礼ですが、あまり儲かっていないのでしょうか?」

「そんな事はないですが、堀川さんが働くとなれば、その分は確保しないといけませんから、それができるのかなという事です。長く、ずっとです」

 堀川は友人と二人で会社を作って、仕事を行っていた。先月は売上が百万円を超えたが、今月はなんとか九十万円を確保できるか微妙なところだった。売上が減ったのはネット検索のアルゴリズムというものが変わったせいだった。

 売上のうち、五十万円ほどは堀川とその友人の収入で、残りは何かの時のために会社の収入にしていた。経費はそれほどかからず、売上がほぼ利益になっていたが、明盛を長く雇える保障はどこにもない。

「今は日高さんを雇うぐらいの余裕はありますが、今のネットからの広告収入だと、どうなるか先が読めないところがあるんです。どの仕事もそうですが」

 堀川は明盛を雇う場合、就労支援施設は辞めてもらい、明盛にそれなりの額の給料を支払おうと思った。就労支援施設を続けるのは何かと面倒で、良くないと堀川は考えた。しかしそれでいいのかという不安もでてくる。

「いざとなったら私の給料を減らせばいい事ですが、それもできなくなった時まで考えると、自分なんかがそんな責任がもっていいのかなと思うのです」

「そうですね。誰かを雇うのは簡単ではないと思います。大変だと思います」

 長年の治療の成果で堀川から強い不安感はなくなっていたが、それでも性格的に心配性なところがあった。ついなんでも、先の先まで読もうとしやすい。

「収入はこれから増やせそうにないんですか?」

「日高さんが入れば、増やす計画を作ります。やりたかった事業はいくつもあります。ただ事業を増やせば、確実に儲かるわけでもないです」

 明盛を雇うのは、ギャンブルなんだなと春乃は思った。明盛が会社に入る事で、収入が増やせる場合もあれば、明盛の給料がただ重く会社にのしかかる場合もある。

 春乃としては明盛を堀川の会社で雇ってほしかった。性格的にも気が合いそうで、なにより堀川なら明盛の痛みや辛さがわかりそうだった。

 ただそれは医師の春乃には言えない。患者の意志を尊重しないといけない。

「まず堀川さんが無理しないでください」

「無理していますか?」

 春乃は自然な頷きをする。

「少し無理をしていると思います」

「少し無理しないと、お金って稼げませんからねぇ」

 多くの人がやっているとは言え、アフィリエイトというアイディアで稼いでいる堀川を春乃は尊敬している。医師として医療の知識はあっても、お金の稼ぎ方の知識など春乃にはまるでない。

「日高さんの経済問題は、日高さんの問題ですから」

 春乃は言いたくはなかったが言った。今は堀川の担当医だ。堀川の精神的な負担を取り除くのが目の前の春乃の仕事だ。堀川が負担に感じるのなら、無理をさせるわけにいかない。

「わかりました。でも…」

 堀川は少し怖いような、固い表情になる。

「知った以上はほっとけません。自分もこの間まで仕事がなくて泣いていましたから」

 泣いていたと堀川ははっきり言った。嘘でもなんでもなく、堀川は本当に一人で泣いていた。いつか障がい者として仕事にありつけない現実に絶望していた。

 その絶望から這い上がった強さが堀川にはあった。

 それにしても春乃は堀川に適切なアドバイスができているか不安になる。春乃が答えを決めるわけにはいかないが、何の支えにもなってないじゃないかという不安だ。

「でも本当にどうしようかな?」

 堀川は迷う。人の生活に責任を持つ覚悟を決められなかった。

「もう少し、日高さんと話してからにしてみます」

「わかりました。何か不安な事があったら、予約をしていなくても診察に来てください。お薬は今回も同じで出しておきます。あまり無理はしないでください」

 その日の堀川の診察はそこまでだった。

 仕事がなくて泣いていたという堀川の発言が春乃の心に残る。

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