第16話 人間らしい生
春乃は戸板から聞かされた、「堀川がアフィリエイトをやっている」という話がいまいちわからなかった。どうしてもコンピュータには疎い。堀川の担当医も春乃だから、堀川に直接聞く事もできる。
とにかく話は要するに、明盛が堀川の仕事を手伝えるかもしれないし、堀川のように一人で稼げるかもしれないと言う事だった。
確かに最近の堀川は、診察の度に新しい服を着ていたり、仕事に精を出して、経済的にはすごく安定していると伝えていた。聞けば在宅ワークのようだった。しかし果たしてそれで、明盛に六万五千円以上を渡せるのか、春乃は懐疑的だった。
まもなく、土方は帰る支度を始める。
「子供の顔を見たいからお先に帰らせてもらうよ。星先生も元気だからって、無理しちゃ駄目だよ」
「はい。いいですね、家族があるって」
土方には小学生の子供がいた。夜は寝顔しか見られないが、子供は早起きができ、家族で朝食を食べられると、土方はいつか嬉しそうに話していた。
「星先生も、婚活、頑張りなよ。彼氏ぐらいできないの?」
セクハラになるが土方は春乃にそういう事も言う。春乃は特にセクハラとは思わない。それだけの信頼関係がある。
「中学や高校時代の友達から、たまに紹介されているんですよね」
「そうなの? うまくいきそう?」
「結構、忙しい人が多いので、うまく時間が作れないんです。この前知り合った人は自動車の営業の方なんですけど、まだ予定が合わなくて」
「そうなんだ。でも簡単には諦めちゃ駄目だよ」
それだけ言って、土方は医局から消えていった。
医局には当直の医師と春乃がいるだけだった。春乃もそろそろ帰ろうと考える。時折、土方の机の、写真の女性に目がいってしまう。
結婚をひどく夢見ていた人だったという。がんが発覚した時に交際していた相手はいなかった。がんが治るまでは、付き合う相手は作らないと決めたらしい。闘病中に一度、前に付き合った男性と会ったというが、精神的に辛いと二度とは会わなかった。
春乃はいつも考えてしまう。がんの闘病の辛さ、うつ病の苦しみ、徐々に人生が終ってゆく絶望感。写真の女性はどれから一番解放されたかったのだろうと。
人間らしく生き、その命を全うする。それはなにより難しい。
夢や愛を叶えるよりも、その事が難しい。
週末、明盛はパソコンの前で難しい顔をしていた。
さっきまで明盛は頭痛がしていた。薬で鎮めたが、今度はひどく疲れを感じるようになっている。
まるで脳にヘルメットをかぶっているような、脳にラップを巻いているような、そんな抑うつが重い時の症状は明盛からとっくの昔に消えていた。ただ今も明盛は疲れやすかったり、理由のわからない頭痛があったりして、抑うつ症状は僅かだがはっきりと残っていた。
強迫性障害の症状も残っている。心配な事があると、冷静になれなくなる。玄関の戸締りやガスの扱いにはまだ神経質になる。
強迫性障害がひどい時は、戸締りやガスのスイッチを何度も確認していた。今は心が安定していれば、それほどでもないが、何か心配事があるとそれらが戻ってくる。
病状が良くなったせいで障害年金が打ち切られたのだが、まだフルタイムで働くのは難しかった。いや短時間の仕事さえ、病気には負担だった。
塞ぎ込んで、悪い考えばかり浮かぶというのがうつ病のイメージだが、体が実際に痛くなる症状も多い。むしろ体の痛みや重みを感じる事のほうが多いくらいだ。
「ため息が出るな…」
病気は良くなっている。前よりも生きるのも楽になった。それなのに今、明盛を襲っている悩みは深い。お金がない。しかしそこまで働けない。
明盛はパソコンでアフェリエイトを調べていた。
パソコンで検索して、アフィリエイトが稼げるのを明盛はすぐにわかった。明盛の知識ならやっていける事だった。
ただどれだけ稼げるのかがまるでわからない。
堀川はゲーム攻略でアフェリエイトをやっているようだったが、それに明盛が手を貸すのは、やはり嫌だった。
そうかといって、他に稼げる手段も明盛にはない。調べていると初心者が一気にアフェリエイトで大金を得たケースは少ないようだった。明盛が一人でアフェリエイトをやっても、稼げるかどうかはわからない。
明盛はまずは堀川の師事を仰ぎたかった
「堀川さんはゲーム攻略しかやってないのかな?」
アフィリエイト、広告を貼れるサイトは、別にゲーム攻略だけではない。個人的な日記を書いているだけのサイトや、ネットに散らばった動画を集めたサイトもある。
ゲーム攻略は儲けやすいのかと、明盛は思った。
なんにしろ堀川ともっと話がしてみたいと明盛は思う。
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