第14話 活路

 丁寧な言葉使いは戸板の体に染みついたものであり、精神科医療には必須の能力だ。患者を傷つけずに尊重し、一定の距離も保てる。

「他には節約できそうな事はないんですか?」

「なかなか難しいと思います」

 その話はケースワーカーの鈴原にまかせたほうがいいなと戸板は思った。

「アルバイトでいいので、一般企業で働いたほうがいいんでしょうか?」

「今、就労支援施設で働いてみて、どうですか? 続けていけそうですが?」

「施設から帰ってくると、体より精神的に疲れているんです」

「そうなんですね。通勤で車を運転するだけでも、それなりに疲れますからね」

 明盛は就労支援施設で畑仕事や、ごく簡単な軽作業を行っている。難しい要求はされないのだが、それでも仕事の疲れをそれなりに感じる。

 明盛はもう良くなったと思っていたが、それでも抑うつ症状がたまに出てくる。ストレスが大きくなれば、もっと重い抑うつ症状が戻ってくるだろうというのが春乃の見立てだ。

 二人はそれからも話し込むが、なかなかいい答えは出ない。節約も、収入の増加を考えるにしろ、明盛にはかなり高いハードルだ。

 毎月の収入が六万五千円も減るのは、あまりに痛い。

 車は維持したいと明盛は漏らしたが、そのためのいいアドバイスが戸板でも難しい。

「そう言えば、デイケアの堀川さんがおかしな事を言っていました。月二十万円は稼げるとか」

 明盛はずっと気になっていた堀川の事を戸板に打ち明けた。

「そんなおいしい話なんかありませんよね。一人で稼げるとか言っていました」

「堀川さんか…」

 戸板は堀川が明盛にどういった話をしたかわからないが、堀川がいつも何をやっているかは把握している。堀川も戸板のカウンセリングをたまに受けていた。今でこそ堀川は立ち直ったが、もう二十年も戸板と会話をしてきて、相当な思いで人生を生きてきた人物だ。

 戸板はどこまで堀川の事を話していいか悩む。確かに堀川は精神障がい者と思えないほど収入があった。去年くらいから自分の会社で月百万円を超える利益を荒稼ぎしていた。

 ただそこまでに数年かかり、今も毎月の収入が安定しているわけではなかった。

「堀川さんの話は、気にしないほうがいいと思いますよ」

「話は嘘なんですか? そんなうまい話があるわけありませんもね」

「そういうわけじゃないけど、堀川さんは気分屋なところがあるので」

 戸板が聞いた内容では、堀川は結構ハードに活動している。確かに自宅などで一人でも稼げる仕事なのだが、堀川も無理をしているところがあった。

 それにだ。

「日高さん、確かゲームを作る仕事をしていましたよね」

「はい、していました。テストとか、バグの修正をやっていました」

「せっかく作ったゲームの攻略方法が公開されていたら、辛いですよね?」

「それはもちろん。攻略を楽しんでほしくて、ゲームは作りますから。初めから攻略方法が公開されていたら、たまったもんじゃありません」

 そう明盛は言った後、気づいた。

「あっ、アフェリエイト攻略サイト!」

「アフィリエイト?攻略サイト?」

 戸板には聞きなれない言葉だった。

「ゲームの攻略方法を公開して、広告収入で稼ぐ方法があるんです」

「それは会社とか団体だけじゃなく、個人で作っても稼げるのですか?」

 戸板はコンピュータに関する知識がそんなに多くない。

「個人でも簡単に稼げますね」

 簡単に稼げるというのは、明盛ぐらいの知識があっての話で、まったく知識がないと少々辛い。

「アフィリエイトか…」

 ゲームプログラミングは得意な明盛だが、サイト作りというのはやってこなかった。サイトを作るプログラミングは簡単だというが、実際に触れた経験はほとんどなかった。

 堀川が稼いでいた手段に気づいた明盛は、少し落ち着いた様子だった。アフィリエイトで本当に稼げるなら、自分でもできそうだと明盛は思った。

 ただやはり、ゲーム攻略サイトというのは明盛にとっては、やりたくない仕事だった。アフィリエイトはできそうでも、ゲーム攻略サイトはやりたくなかった。

 その日のカウンセリングで、明盛はとりあえず車とインターネットをやめるのを先延ばしにすると戸板に伝えた。戸板も春乃もそれに一安心する。

 明盛の判断を戸板から聞いた春乃は一安心したが、今まで大して面識がなかった堀川に何かを言われた事には、一抹の不安を覚えた。

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