第12話 救世主
堀川はたまにしかデイケアに参加しない。デイケアに参加する患者の、レアキャラクターだった。なにやら自分で事業を起こして、仕事をしているらしかった。いつもなんだか怪しい雰囲気をしている。年齢は明盛より少し上だった。
「暇潰しにキャバクラでも行こうか?」
「暇潰しにそんなところいかないでくださいよ。お金もありませんし」
「おごっちゃるよ」
「いやいやいや…」
明盛はどうもそういうところが恥ずかしい。一人の男として興味はあるが、入るところを誰にも見られたくないし、そこで何をしていいかもわからない。
堀川はソファーに座っていた明盛の横に、どかっと座った。顔を少し上げ、天井をなんとなく見てから、デイケアに充満した春の空気を楽しむ。
「春はいいね。雪と一緒に冬の緊張も解けていく」
そう言った堀川は本当に気を抜いて、のんきそうにする。体をだらんと伸ばす。デイケアで過ごす患者はある程度は緊張しているのだが、堀川には全くそういった緊張が見られない。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「わかりますか?」
堀川は大げさに、大きく頷く。
「わかるよ。深刻そうだね」
明盛は素直に現在の経済状況を打ち明ける。堀川とあまり話した事がないので、体の筋肉が緊張していく。
「本当に深刻じゃん。まったくこの国は余計なところに金を使って、必要な国民には金を分配しないからなぁ」
堀川は国家に呆れた顔をする。信じられないと、手を広げた格好をする。
「で、どうするの?」
「とりあえず車をやめようかと」
「なんだよ、それ。色々困るじゃん」
二人はこれまで顔を知っていただけで、深い会話をするのはこれが初めてだ。それなのに堀川はさっきからやけにフランクだ。
「それだけなの? 他に何か節約するの?」
「インターネットもやめようかと。スマホがありますし」
「はぁ? もうインターネットはインフラ、生活必需品じゃん」
心底驚いた顔を堀川はする。信じられないといった具合だ。口にしなかったが、堀川は明盛の決断を最悪だと思った。
「逆じゃないの?」
次に堀川が明盛にかけた言葉の意味を、明盛はすぐにわからなかった。
「逆?」
「節約するんじゃなくて、稼ぐ方向には考えられないの?」
「稼ぐ? 今、就労支援施設で三万円を稼ぐのがやっとなんです」
今は一日五時間、週二回を働くのがやっとの明盛だった。そのペースに慣れてきたばかりで、別の仕事をすることは考えられなかった。
「普通のアルバイトって、結構ハードですよね?」
「一番下の身分で、一番ハードな仕事をしないといけない」
明盛には学生時代に飲食店で働いて、辟易した過去がある。本当にもうたくさんだと思った。仕事内容も人間関係も悪かった。
「バイトなんかじゃなくてさ、自分のやりたい事をやって稼ぐのが一番だよ」
「自分のやりたい事? そんなのが仕事になるんですか?」
明盛の考えでは、仕事というのは人が嫌がる事を我慢して行う事で、ようやく賃金をもらうというものだった。
「なんかないの? やりたい事」
堀川にそう問われるが、明盛の中にいい答えは浮かんでこない。
「今まで仕事した事はあるの?」
「札幌のゲーム会社でテスターをまとめたり、デバッグはしていました。あっ、コンピュータ用語はわかりますか?」
「わかるよ。昔、少しかじったから」
それより堀川は心の中で大きく驚いていた。そして明盛を心底馬鹿だと思った。
「それなら、マイペースにやっても一人で毎月二十万以上は稼げる方法があるのに。まあ、結構な時間がかかるんだけどね」
「えっ…」
今度は明盛が驚き、本当に言葉を失くしてしまう。
堀川はにやにや笑う。
「知りたい?」
「どういう事ですか? そんないい職場があるんですか?」
「職場じゃない。自宅で、一人でやれる、自営業だよ」
「借金なんてできませんよ」
「借金なんかしないよ。パソコンと月二千円もあれば、うまくいくと稼げる」
堀川は自分のアイディアにうっとりしながら、うんうんと頷く。
喉から手が出るほど、明盛はそのアイディアがほしいと思った。
「でも教えなーい!」
そこまで会話をしておいて、堀は肝心な内容を言わなかった。
「どうしてですか? 何か失礼な事でも言いましたか? それとも…」
「具合悪そうじゃん、日高さん。いつもカウンセリング受けているし」
「あっ…」
堀川はデイケアのメンバーを知らないようで、実はよく知っていた。
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