第11話 デイケア病棟
それからも春乃は少し長く、明盛が経済問題についてどのくらい悩んでいるかを聞き出した。明盛はやはり素直だった。一日のかなりの時間、明盛は経済問題について悩んでいた。
春乃はそれを聞いて、少し不安を落ち着かせる薬を出す事を完全に決める。
「あまり考えすぎるのは良くありませんから。少し落ち着くまでの間、飲んでいただけますか? 今の不安が収まったら、すぐに減らしますから」
素直な明盛だが、はっきり言えば薬が嫌いだ。副作用にあまり苦しまずにきたが、もう十年以上も薬を飲んでいるのに不安を募らせている。これ以上安定剤を飲んで、何か別の病気にならないか、そんな不安が明盛にはあった。
「戸板先生のカウンセリングは、今日は何時からですか?」
診察の最後に春乃はそれを聞く。
「デイケアが終った後の、三時からです」
明盛は答える。春乃はそれまでに戸板に連絡を取り、明盛の不安についてカウンセリングしてもらおうと決めた。
精神科医療もチームで行う。医師、看護師、カウンセラー、作業療法士、ケースワーカー。他にも病院職員が協力しないと、いい医療などできない。ただこの病院のチームは名前などを特に決めていない。
外来からデイケアまでの廊下を明盛はとぼとぼと歩く。頭にあるのは経済問題と、今日増えた薬の事だった。明盛としては抑うつが良くなり、強迫性障害の強迫観念も以前とは比べ物にならないほど軽くなったのに、まだ薬に頼らないといけない自分に落ち込む。病気は良くなったが、トンネルの出口が遠い。
デイケアに戻るとそこは閑散としていた。
映画鑑賞の時間でほとんどの患者は和室にいる。作業療法士の矢島(やじま)と桑田(くわた)が、スタッフルームで忙しく何かしていた。矢島が男性で、桑田が女性だ。桑田は若く、笑顔の見せ方が素敵で、患者からはかなりもてている。
明盛はひょいと和室を覗く。映画鑑賞の時間で、サウンドオブミュージックを皆で見ている。明盛もさっきまで見ていたのだが、診察で途切れたので、もう見る気がしない。
和室にいる患者を見守っているのは、男性作業療法士の関(せき)だ。もう結構な年齢だが、なかなかのイケメンで、若い頃は何人かの女性を泣かせた話があるとか、ないとか。その魅力はなにより声に色気があるところだ。色気のある声でいつも柔らかく患者に接し、最近はごくたまに反論できない厳しさも出すようになった。
壁のない、解放された部屋であるミーティングルームでは、看護師の林(はやし)が、何人かの女性を集めて、お茶を飲んでいた。小さな女子会のようになっていて、その輪に明盛は入りにくい。
林は人を笑わせるのが得意だ。ボケもツッコミもできる。そしてその笑いはいつも上品だ。
明盛は行き場がなく、デイケアに置かれている漫画を借り、ミーティングルームの隅に置かれたソファーに座る。
三時まで暇になってしまった明盛だった。
「人生は暇潰しだよ、明盛」
ふと亡くなった父の言葉が蘇ってくる。
「暇潰しだからこそ、有意義に生きたほうがいい。それになんでも暇潰し程度に気軽に考えたほうが人生は楽しいぞ」
明盛の父はそんな言葉を残していた。今の明盛はそんなふうに思えない。生き延びるために何をどうするか考える事で精一杯だ。
ようやく冬が終った北海道の四月だけれども、まだまだ寒さが残っている。それでも雪の下の、大地の色が見えてきただけで心は軽くなる。
そんな季節をのんびりと過ごすのは、悪くないことだ。ただ現実問題というのは厄介で、せっかくの貴重な時間を台無しにする。明盛はまた難しい顔になる。
「難しい顔しているね。疲れない?」
突然、明盛に話しかける声がした。同じ患者の堀川(ほりかわ)だった。堀川も明盛と同じように強迫性障害なのだが、ほぼ寛解していた。ただ今でもストレスが溜まると、自分でうまくストレスが解消できない状態が続いていた。
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