第5話 戦地
月日は急速に流れていく。冬がきて、正月が過ぎると、もうセンター試験だった。
大雪が降った後のセンター試験で、春乃はなんとか北帝大の二次試験を受けられる点数をとれた。
だが北帝大の二次試験を春乃はパスする事はできなかった。高校を卒業した数日後、春乃は合格発表の掲示板の前で立ち尽くした。二次試験に手応えがあったわけではなかったから、当然の結果でしかなかった。それでも春乃は三年間の努力を思って、呆然となる。
どうやって来たのか春乃は覚えてないが、風菜とファストフードにいた。風菜は無事に北帝大に受かっていた。
胃袋にポテトと炭酸を突っ込んで、春乃は我に返る。それから風菜の合格を祝福する。
「今のお気持ちを誰に一番伝えたいですか?」
春乃は風菜にスポーツのヒーローインタビューのような真似事をした。
「まず父と母、それに田舎のおばあちゃんです」
風菜もちょっと浮かれ気分を味わいたくて、春乃がからかうのにのった。二人はその遊びをしばらく続けた。
そして時が経つと、春乃は普段の春乃に戻って、そして言った。
「精神科医になるんだね、風菜は」
その一言で風菜は覚めた。浮かれている場合ではないと。
「春乃は会津日新、受けるの?」
会津日新医科大学は北帝大とは試験の日程が違っていた。
「受けるよ。願書も出してあるから。それにね…」
春乃はそこで意を決し、風菜にすでに決めていた事を話した。
「浪人したら、来年は会津日新を第一志望で受けるつもりなの。会津日新が駄目なら、他の大学の医学部保健学科を受けて、作業療法士になるつもり」
医学部に合格して昂揚していた風菜に、水を差す春乃の決断だった。
「北帝大は受けないの?」
春乃は首をふった。
「今は会津に行きたいの。会津日新を受けると決めて、会津の事を色々知ったら、なんだか行きたくなったの。自分でもよくわからないんだけど。今年は北帝大を受けたけど、ちょっと気持ちが会津に傾いているの」
「会津のどこがそんなにいいの?」
「あえて言えば、人かな? 会津の人って、江戸時代からの約束事を頑なに守っている。そういう人が住んでいる場所で勉強してみたいの」
春乃は時代劇の戊辰戦争を見ていた。そこで春乃が見たのは、戦う男達に交じって、会津を守ろうとした女達の姿だった。
「北海道には?」
「わからないけど、戻ってくるつもり。私は北海道が大好きだから。いつになるかはわからないけど」
自分を育てた北海道から離れて、より大きく成長したい。そんな願望を春乃は自分でも気づかないうちに抱えていた。
風菜は寂しかったが、春乃の決断に水をさしたくなかった。
「待っているね、春乃。春乃が帰ってくるの」
自分の親友の決断に風菜は心の中で拍手をしていた。
春乃と風菜はお互いに女医同士で語り合えるように、コーラで乾杯して別れた。
二〇〇五年の三月、夕方六時、春乃は初めて会津若松駅に降り立った。駅前の通りはそれなりに車が頻繁に行き交っていたが、札幌の街並みに比べれば、別世界に来た気分になった。
会津若松駅には、やや大きな赤ペコが置かれていた。
「これから六年間、よろしくね。たぶん」
願をかけるように、春乃はその赤ペコを撫でる。
会津日新の試験に春乃はそれなりの手応えを感じた。わからない問題はなかった。難しい問題も自信はなかったが、とにかく解く事はできた。面接も緊張はしなかった。いつも通りの自分で、自分の思いをそのまま面接官にぶつけられた。
試験の翌日、春乃は会津を観光した。鶴ヶ城に昇り、歴代の藩主の肖像画の前にじっと立った。なんとも身がしまる思いになった。
江戸時代に建設され、今も残っている日新館にも足を運ぶ。教育機関であった日新館の施設をじっくり見て回る。実際にそこで江戸時代の多くの男子が学び、その中から戊辰戦争で戦った者がいた場所のせいか、春乃は何か聞こえない声が今でも飛び交っている感じを覚える。
春乃は日新館で坐禅を体験し、また翌日、北海道への帰路についた。
鉄オタではない春乃だが、会津から郡山までの交通機関に磐越西線を選んだ。陽気に溢れたその日の、磐越西線の少しスピードが遅い走りは、春乃の受験で疲れた心を癒すようだった。
これから春になり、作物が植えられるのを待つかのようにまだ眠っている農地を見つめながら、春乃は自分のこれからに思いを巡らせた。
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