第2話 風菜の夢
「もっと勉強しないの? せっかく頭いいのに」
「風菜(ふうな)こそなんでそんなに勉強するの? 期末では学年で八番だったし、偏差値も七十オーバーじゃない。少しは遊んだほうがいいよ」
春乃と風菜は、高校でいつの間にか友達になっていた。春乃はアイドルに人生を捧げ、風菜は勉強に人生を捧げていた。クラスでは寡黙で、いつもなんでも控え目な風菜だったが、勉強だけは負けず嫌いだった。
「医者になりたいの。精神科医。お父さんが北帝大の精神科の医局長だから。仕事の話を聞いているうちに、私もなりたくなったの」
「それはすごい。夢だ!」
風菜の壮大な夢に春乃は空目から立ち直り、絶賛した。
「どう思う? 精神科医」
「精神科医って、何なの? 何をどうするの?」
春乃はわからない事は子供の頃から素直に聞くタイプだった。先入観や固定観念で物事を語らない。なんでもきちんと理解してから、動こうとする。
風菜は詳しくはないが、精神科医の仕事を春乃に教えていく。
「んー、なんだか、なんだかちゃんとした言葉を知らないと、できない仕事だね。きちんとした言葉を知らないとできないね」
意外な答えが春乃から風菜に返ってきた。的確な表現だと風菜は思う。
「なんでそう思うの?」
「だってさぁ、患者さんに感じている事、困っている事をなんでも喋ってもらわないといけないんでしょ。でも患者さんだって言葉にできない事や、忘れちゃう事、言いたくない事もあるじゃない。それを聞き出すのって、うまく言葉を選ばないといけないじゃない」
風菜は心底、春乃に深く感心した。自分になかった正確な感覚を、精神科医の事など何も知らない春乃が咄嗟に気づいたのに風菜は敗北した気分になる。
精神科医も心が病んでいるとか、病気を作り出している詐欺師だとか言われると風菜は親から聞いていたが、春乃の感想は真逆で感動的ですらあった。
「春乃も医師になりなよ! それも精神科医に! 春乃は向いているかもよ」
「えー、無理だよ。ちょっと嫌だ」
それも風菜には意外な答えだった。医者の何が嫌なのかが風菜は検討がつかない。嫌だと言った春乃に風菜は、やはり精神科医は偏見を持たれるのかと思う。
「だってそんなに困っている人からもらったお金で、アイドルに貢ぐのは気がひける」
風菜は唖然とする。尊敬した途端に落胆して、春乃という少女がまるでわからない。
「いつまでアイドルヲタクをやるつもりなの?」
「もちろん死ぬまでだよ」
春乃のその部分を風菜は諦めた。しかし一部は成熟している春乃の精神を、アイドルだけに注ぎ込むのはもったいないと、なおも思った風菜だった。
「それにさ、うちって貧乏だから。コンサートのチケットも全然買ってもらえないんだよ。医学部がお金かかるのは私でも知っているんだよ!」
「チケットはバイトでもして自分で買いなさいよ…」
「うちの高校、バイト禁止じゃん!」
どれだけアイドルが好きなんだろうと風菜は思った。
「春乃の親って、どんな仕事しているの?」
「お父さんは言語なんとか士」
「言語聴覚士」
「お母さんは保健師」
風菜はため息を吐きたくなる。目の前の子もサラブレットなのに、自分でまるで自覚がない春乃が残念でしょうがなかった。
「なら言ってみなさいよ。理解してくれるから。思いっきり医療関係の家系じゃない」
そういえば自分は医療従事者に育てられたんだと、春乃は改めて思った。
「それだけなの?」
「何が?」
「精神科医が嫌だって、理由」
「よくわからないのが嫌かな? 風邪とか、歯が痛いとかなら共感できるのに」
春乃の勘の鋭さに風菜はまた脱帽する。もし春乃が精神科医になれば、自分は一生、春乃を意識しながら生きていくだろうと風菜は思った。
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