第33話 最終決戦 その5
何を言っているんだコイツ?
真面目な目をして顔を真っ赤にしてしどろもどろに口を開いたシャイナにジークは混乱した。
それはもう誰が見ても間抜けだと思う顔で。
「だ、だから!ジークは私の事が好きなの!?嫌いなの!?」
「おまっ、それ今聞く事か!?」
いやぁあああ!ぎゃああああああ!という声が外野から聞こえるが、シャイナの心はそれどころじゃなかった。
もしもこれが最後の別れになるならばどうしても聞きたかったのだ。
「私と貴方は親に決められた婚約者同士よ。私は父の指示で貴方の婚約者に立候補したわ」
まだ幼い少女が闘技場に立ち、大人の女騎士を倒した記憶は濃く残っている。
「だけどいつからか貴方は他の女性ばかりに目をつけて私に婚約破棄を申し込んだ」
彼から決闘を申し込まれる度に周囲は祭りのように囃し立てたが、シャイナからすればただ迷惑な話だった。
でもジークと戦うのが楽しかった事は嘘ではない。
武人として、強者と戦う経験は宝だ。
でも乙女として戦うのはつまらなかった。
私はこんなに好きなのに婚約破棄したいなんて言われるのは悲しい。
「……でも、こうやって危ない場所にまで乗り込んで助けに来てくれた」
死を覚悟したシャイナを抱き抱えたのはジークだ。
そして彼は言った、
「ジークにとっての私って何?」
不安そうな顔でジークを見るシャイナ。
そこにいたのは普段の勝気で可愛げの無い闘剣好きの公爵令嬢擬きでは無かった。
そしてジークは似たような顔を何度か見た覚えがある。
騎士育成学校で、ジークはシャイナ程では無いがモテる。闘技場では黄色い歓声が上がるくらいには人気がある。
頭も良く、剣も強く、容姿の整った王子ともなればガルベルト中の女の子の憧れの男性だ。
そんなジークと同じ学校にいて、同じ授業を受けたりすればちょっと欲が出る女の子もいる。
シャイナという勝ち目の無い相手を恋敵と思ってジークに告白するのだ。
勿論、ジークはシャイナ以外の女の子と付き合うなんてこれっぽっちも思っていないので全て断っているし、その後のフォローもしている。後腐れは無い。
だから似ていると思った。
自分に告白してきて、その返事を待っている女の子達と今のシャイナの表情が。
女性陣から鈍感だと思われているジークも流石にこの場で間違う程馬鹿ではなかった。
もしかしてシャイナって俺の事好きなんじゃね?
ジークの頭にそんな考えが生まれた。
婚約をしてから何年も経って初めての事だった。
「シャイナ……俺は、」
メイドと騎士団長と将軍が力を合わせて荒れ狂うランスロット相手に仲間を守っている中、ジークはシャイナだけを見て言葉を漏らす。
「俺はお前に勝ちたい。そして、何がなんでも婚約を破棄する」
「そう…なの……そうよね……私なんて」
俯いてしまいそうなシャイナの手を取って、ジークは更に告げる。
「婚約破棄をしたら俺からプロポーズさせてくれ」
「え?」
「ガルベルトでは惚れた相手に決闘を挑み、勝てば付き合うだろ?だから俺が勝ったら俺の女になれ」
「は?」
「俺達の婚約は親が勝手にした結果だ。このままでは権力目的で結ばれた夫婦になってしまう。そんなのはかっこ悪いだろうが」
「つまり?」
目を白黒させながら頭上にハテナマークを浮かべるシャイナ。
「別にお前の事は嫌いじゃないし、好きだけど今の関係性は嫌だから改めて求婚を申し込みたい」
我ながら何を言っているのかわからないが、譲れない矜持がある。
口にしてしまっては雰囲気や浪漫が薄れてしまうが、シャイナが自分に惚れているなら理解してくれるのではないか?と思った。
気になる婚約者の反応は以下の通りだった。
「なんなのよそれ……私の苦労っていったい……」
呆れた声で頭を抱えて溜め息を吐くシャイナ。
だがそれも一瞬の事で、意識を切り替えた彼女はジークに言った。
「だったらあんな奴に負けないで私に決闘を申込みなさい。負けてはあげないけど勝負は受けてあげる」
「言質取ったからな。もう周りくどい方法は取らずに正面から挑むからな」
「はいはい。もう他人巻き込まないで好きにしなさいよ。……本当に何でこんな奴に…」
「それはこっちの台詞だ。お前はもう少し素直になったらどうだ」
「貴方に言われたくないわよ」
「何だと?」
お互いに睨み合いながらいつものように軽口を言い合う二人は戦場では場違いだった。
「さっさと終わらせてやる。だから大人しく下がっていろ」
「嫌よ。私も負けっぱなしは嫌いなの」
「その傷じゃまともに戦えないだろ」
「ジークだってボロボロになっているわよ。お互い様でしょ?」
「俺は平気だ。もう何ともない。それに、今日お前と約束したしな」
「何を?」
「忘れたのか?今日は何かあれば俺が守ってやるってな」
シャイナの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でてジークは剣を握った。
服は鮮血で染まっているが、もう問題無い。
「……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…ブッコロスゥウウ!」
「貴様が俺を?ーーー舐めんな」
赤い獣が攻撃対象をジークに切り替えた。
二本の刀を使った居合斬りはシャイナですらもう追いつけない。
ガキン!!
「……ハァ?」
「
本能で危険を察知したランスロットが距離を取る。
だが頬には返り血ではない、自分の血が流れていた。
「お爺様から聞いた事があった。父上は幼少から化け物のような力を持っていたが、ある時を境に急に強くなって手がつけられなくなったと」
一方でジークの剣にはランスロットの血が付着している。
斬られたのだ。目の前の王子に。
「ガルベルトの祖は闘神だったとかなんとか」
さっきまで狂化したランスロットの攻撃について来れなかったくせに、今はその動きを捉えている。
ランスロットのように目を真っ赤にして人体の限界を超えているのではなく、あくまで普段と同じように冷静な状態でいる。
「これがそうなんだな」
王家の分家でもあったマックイーン公爵家のディルと同じ血の覚醒。
シャイナが傷つけられた事で目覚めつつあった血が、今さっきの会話で完全に起きた。
「コロス!!」
《ブリテニア流暗殺抜刀術【
《ブリテニア流暗殺抜刀術【
《ブリテニア流暗殺抜刀術【
「しつこい!」
本能は狂い、だけど技は冷静に相手の命を刈り取る。
アグラヴィンによって教え込まれたブリテニア流の暗殺術を自分用に作り替えた唯一無二の流派。
これまでランスロットが暗殺者としてアグラヴィンより劣るのに闘技場でチャンピオンを続けられた理由は、ターゲットを必ず殺していたから。
死体はランスロットの顔を覚えても喋らない。
彼の技は必殺技と呼ぶに相応しい奥義ばかり。
「一撃必殺ばかりとは芸の無い奴だ」
ガキン!という嫌な音がした。
音の出所はランスロットが持つ刀の一本。
連続した奥義を放つ度にジークが狙って刀の腹を攻撃して破壊したのだ。
「コロス!コレで殺してやる!!」
傲慢な態度で剣を握るジークに対し、ランスロットは焦りを覚えた。
獣に近づいたが故に、本能で察知したのだ。
コレはココで殺さなくてはならない。
残された一振りの刀を構えて、突きの形を取る。
居合斬りは完全に見破られているし、ランスロットの使う技は二刀流が基本になる。
アレンジされていないブリテニア流暗殺術は刀という武器には合わない。アグラヴィンやトトリカが使った【
ならばそのディルすら超える怪物になりつつあるジークには通用しない。
ここで忘れてはいけないのはランスロットがただ速いだけの剣士ではない事。
闘技場ではその真の実力を隠しながらもチャンピオンにまで上り詰めた技量がある事。
闘剣士に自分と戦うに相応しい相手がいないと判断したランスロットが次の目標としてジークとシャイナを見据えていた事。
シャイナと戦う為に同じ流派を使うアンジェリカには注目していた事。
脱出しようとしていた万全の状態では無いシャイナと剣を交えて打ち勝った事。
「シネェエエエエエエエエエェーーー!!!!」
激情し、体の全ての血管から血を噴き出しながら紅の獣として刀を突き出すランスロット。
真っ赤な姿で飛び込んで来る様子はまさにレッドクリムゾンの専売特許。
《偽・レッドクリムゾン流剣術【
残像すら見える音速の一撃は地面にクレーターを作り、衝撃波を発生させる。
穿つは心臓。
ランスロットの放つ最高の技。
一子相伝であるレッドクリムゾン流を最初に生み出したのは細身な男性だった。
体格に恵まれなかった男はパワーではなく素早さで敵を翻弄しようと技を編み出した。
それが現代ではアンジェリカとシャイナという女性に受け継がれ、多くの民衆を魅了した事で舞踊のような美しさが印象的になっている。
しかし、本来は男性用に開発された素早い剣。
抜刀術を極めたランスロットとは皮肉な事に相性抜群の技であった。
「ガルベルト王国第一王子ジーク」
ランスロットが地面を蹴り飛ばすと同じ瞬間、ジークは名乗りながら剣を上段で構える。
これより放つは全くの新技。
多くの者から技を学び、数々の流派をものにしたジークの内側から湧き出したイメージ。
敵はブリテニア公国が生み出した死の獣。
闘神を祀り、剣を国旗としているガルベルトとは違ってこの世で最強の生物とされる生き物『ドラゴン』をシンボルにしている。
我を失い、ただ人を殺めるだけの妄執に囚われた
「技の名はーーー」
《ジーク・ガルベルト我流剣技【
ランスロットの必殺の刃が心臓を貫く直前に剣が振り下ろされた。
ジークの全てを乗せた斬撃はランスロットの刀を砕き、その身を肩から腹にかけて斬り捨て両断する。
「……コ…ロ……」
「貴様の敗因は自分の技を使わなかった事だ。シャイナの剣は貴様より美しい」
ジークが何よりも目に焼き付け攻略しようとしたシャイナの技。
それをたかだか一度戦った程度で自分のものにしたように使ったランスロットが負けたのは当然の結果だった。
自分の血で真っ赤に染まり、物言わぬ屍となったランスロットとディルによって殺されたアグラヴィンを一瞥し、ジークは残る者達に問いかける。
「ふぅ……。これで貴様らの頭目は一人残らず死んだぞ。それでもなお無駄な抵抗をするというなら俺が全員斬ってやる」
その姿はまるで戦争を終わらせた現国王にそっくりだと騎士達は思った。
戦場にいたブリテニア公国の暗殺者達は全員武器を捨てた。
ランスロットとジークの戦いを見て、戦意が喪失しなかった者などいなかったのだ。
こうして、ガルベルト王国を脅かしていた一連の事件は終息し、今度こそブリテニア公国は解体される事になった。
情報提供者からの話もあり、残っていた暗部の育成機関も全て廃棄された。
囚われていたり奴隷として買われていた子供達も解放されてガルベルトの孤児院で面倒をみる事になった。
そして一年が経ち、闘技場に一組の男女が立つ。
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